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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2025年度 第61回 受賞作品

日本農業新聞賞

千六百年の石段を磨く

久留米市立  田主丸中学校3年吉武 千尋

 十二月の日曜日の朝、久留米の高良山は冷たく澄んだ空気に包まれていました。吐く息は白く、山の静けさの中で、自分の足音と木々のざわめきだけが響いていました。私は高良大社へと続く長い参道の入り口に立ち、少し緊張した気持ちで清掃ボランティアに参加しました。
 参加を決めるまで、正直なところ迷いがありました。「中学三年生の大切な休日なのだから、家でゆっくり休みたい」「掃除は地味で体力も使いそうだ」という思いが、心の中にあったからです。集合場所へ向かう道中もその迷いは完全には消えず、「本当に来てよかったのだろうか」と自問していました。しかし、集合場所に着いた瞬間、その気持ちは一気に変わりました。
 そこには、私と同じ十代の中学生や高校生が大勢集まり、寒さに負けない引き締まった表情で整列していたのです。ジャージ姿で真剣に説明を聞く同世代の姿を見て、私は驚くと同時に、胸の奥が熱くなるのを感じました。ボランティアは大人が中心になって行うものだという思い込みがあった私にとって、その光景は新鮮で、「自分もこの一員として、しっかり役割を果たさなければならない」と自然に気持ちが引き締まりました。
 高良大社は千六百年以上の歴史をもつ神社です。私たちが今日掃除をする石段も、長い年月の中で、数えきれない人々の願いや日々の営みを静かに受けとめてきました。そう考えると、手に持った竹ぼうきが急に重く感じられ、背筋が自然と伸びました。私は石のすき間や溝にたまった落ち葉を見逃さないよう一段一段丁寧に掃いていきました。「サッサッ」という乾いた音が山の中に響き、その音に合わせて、自分の気持ちも次第に落ちついていきました。
 作業を続けるうちに体が温まり、参道には登山客や参拝者の方々が次々と通りかかるようになりました。「おはよう」「朝からありがとう」「中学生なのに立派だね」と、たくさんの温かい言葉をかけてくださいました。普段、私は知らない大人の方と話す機会が少なく最初は照れくさくて会釈をするだけでしたが、何度も声をかけられるうちに、自然と自分から「おはようございます」「ありがとうございます」と返事ができるようになりました。
 一段の石段を掃くたびに、その場所を通る誰かの気持ちや足取りが、ほんの少し軽くなるのだと思うと、不思議と力が湧いてきました。自分一人の力は小さいかもしれません。それでも、確かに誰かの役に立っていると実感できることが、これほど心を温かくしてくれるのだと、初めて知りました。
 また、一緒に作業をする人たちからも、大きな刺激を受けました。泥にまみれながら、自分の手足を使って黙々と作業に取り組んでいました。作業中、言葉を交わすことはほとんどありませんでしたが、隣で同じように落ち葉を掃く姿を見ていると言葉を超えた連帯感が生まれていくのを感じました。「ここをきれいにしたい」という一つの目的があるだけで私たちはつながることが出来たのです。
 久留米の長い歴史は、このような多くの人たちの「誰かのために」という奉仕の積み重ねで守られてきたのでしょう。そして今、そのバトンを、一時的にでも私たちが受け取っているのだと思うと、誇らしい気持ちになりました。
 二時間ほどで清掃が終わるころ、やり遂げたという達成感が心を満たしていました。
 中学三年生の今、私たちは進路という大きな壁に向き合っています。毎日机に向かって勉強することはもちろん大切ですが、今回の経験は、「自分たちの住む街を、自分たちの手で支えていく」という責任と、人と人とが支え合って生きているという事実を、教えてくれました。
 石段を一段ずつ丁寧に掃いたように、これからの人生も、焦らず、目の前の一歩を大切に歩んでいきたいと思います。高い山を見上げて不安になるのではなく、まず足元をしっかりと見つめること。その積み重ねが、きっと自分の未来につながっていくはずです。久留米で生まれ育ち、長い歴史の一部にふれられたことを誇りに感じながら私は新しい季節、そして自分の将来へ向かって、確かな一歩を踏み出す決意をしました。

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