2025年度 第61回 受賞作品
全共連福岡県本部運営委員会会長賞
認知症の祖母
宗像市立 日の里中学校2年緒方 凜
私の祖母は認知症だ。今はコミュニケーションが成り立たないほど認知症が進行してしまい、病院で介護を受けている。
祖母の認知症が目に見えて進行していったのは、私が小学五年生の頃からだ。その頃の私は、同じことを何度も何度も聞き返してきたり、祖父に対して「あの人、誰?知らない人が私の家にいる。」とこちらがどう受け取ればいいのか分からない発言を繰り返したりする祖母がとても嫌いだった。祖母に話しかけられても適当に返事をし、祖母のことを蔑ろにしてきた。
その後も、私が成長するにつれて祖母の認知症は進行していき、私が中学一年生の頃、祖母は遂に一人では思うように歩けなくなっていた。そんな祖母だが、そのときはまだ私たち家族の話に相槌を打ったり靴下を履こうとしたり、やりたいことはできているように見えた。だが、この頃から祖母は度々幻覚が見えているような発言をするようになり、持て余してきて、祖母をケアセンターに入れることを考え始めた。私はその頃、学校から帰ったら祖父母の家で母の帰りを待っていたため、帰ってくるなり始まる祖母の現状確認の時間がすごく嫌だった。「何日この話を聞けばいいんだ。母に学校のことや私の好きなことを話したいのに。」と私の心の中には不満がどんどん募っていった。
それから数ヶ月後、祖母はケアセンターに入ることになった。私はやっと母と祖父の祖母についての話し合いを聞かなくて良くなるのだと正直ホッとした。ケアセンターに入った週の土日、祖母の荷物を家族全員で運びに行った。ケアセンターに行くと、不機嫌そうな顔をした祖母が職員さんと話をしているところに案内された。私は祖母を見て、自分の世話をしてくれている職員さんにまでその対応をするのかととてもがっかりした。ケアセンターに入ってからは、確実に祖父たちが祖母の話をする回数は減っていき、家族で集まったときくらいしか聞かなくなっていた。私は祖母のことなどほとんど考えていなかった。
祖母がケアセンターに入れられてから数ヶ月経った頃、認知症がさらに進行してきた祖母を大きな病院に移すことになった。祖母がケアセンターにいた頃、私は全く見舞いに行っていなかったが、ある日母に「ばぁば病院に移ったし、久しぶりに会いに行こう。ばぁばも会いたいと思っているはずだよ。」と言われ、母と二人で祖母に会いに行った。病室には祖母の他にも一人、祖母と同じような状態のおばあさんがいた。私は祖母に話しかけているのを同室のおばあさんに聞かれるのが恥ずかしくて、ベッドの横でただただ突っ立っていたら、そんな私の手と祖母の手を母がいきなり繋がせてきた。すると祖母は、私の手を離さないように力強く握ってきたのだ。私が誰なのか分かっているのかすら分からないけれど、私はそのときすごく申し訳なくなった。今まであんなにひどい対応をしていたのに、話なんて機嫌の良いときくらいしか聞いていなかったのに、あなたのことすごく嫌っていたのに。その後も祖母は私が話しかけたり顎を触ったりすると反応をくれて、心なしか嬉しそうな表情をしているように見えた。このたった十五分間という短い祖母との面会時間が、確実に私の気持ちを一転させる出来事になった。
それから私は、今まで祖母に冷たく接していたことをとても後悔した。そして、昔のことを思い出した。昔、私は祖母が作ってくれるスイートポテトが大好きだった。一緒に作ることもあったそのスイートポテトの味を、私はずっと忘れないだろう。もう祖母の作ったスイートポテトは食べられない。あの味をもう一度味わうことはできない。今までずっとそう思っていたのだが、今年の夏休み、とあるお店にスイートポテトの試食コーナーがあるのを見かけた。それを食べてみると、あの時食べた祖母のスイートポテトと同じ味がしたのだ。私は、こんなに何気ないところでも祖母のことを思い出すほど祖母との思い出が自分にとって大切なものだったのに、何でひどい対応をしていたのだろう。「できればもう一度祖母とちゃんと会話がしたい。」とそう思った。
祖母は昔、認知症の調子が良い元気な日には、必ず中学生の頃の話をしてくれた。当時、祖母の中学ではテストの順位が全員張り出されていて、祖母はその中のトップ三に入っていたそうだ。うまく喋れない今の祖母との会話なんてできるはずもないけれど、「私、学校のテストでトップ五に入れるようになったんだよ。トップ三の壁はとても高いけれど、ばぁばみたいにいつかトップ三に入れるように一生懸命勉強を頑張るね。」と伝えたい。「すごいね。頑張ったね。」と優しく言ってもらいたい。そして、小学六年生の頃に祖母や祖父、母と行った東京ディズニーランドへの旅行を最後の旅行にしたくない。もっと祖母と旅行をしたり食事をしたり思い出をたくさん作りたい。
もう認知症の症状は良くならないかもしれないけれど、自分の思いを一生伝えられないかもしれないけれど、私は少しでも今までの恩返しがしたいから、何度でも病院へ会いに行くよ。