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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2025年度 第61回 受賞作品

福岡県教育委員会賞

未来に続ける私の使命

大牟田市立  御木中学校3年平川 煌野

 祖父母が亡くなり、空き家になっていた家を解体することになった。母は時間を見つけては、家の手入れや草取りをしていた。私も何度か手伝ったが、正直暑いしきついし、この時間がもったいないと思いながらだった。時が止まってしまった家は、少し油断するとすぐに雑草が腰の辺りまで伸び、分け入って進まなければならなくなるほどだった。このままでは周りに迷惑がかかるので、とうとう取り壊すことを決めたのだ。
 母がここに何度も足を運ぶのには、もうひとつ理由があった。それは、庭の草花たちを家に連れて帰りたいという思いがあるからだ。母が生まれるずっと前、当時小倉に住んでいた明治生まれの曽祖母が、遊びに来るたびに花や木の苗を植えていったらしい。少し前までは、裏庭にマスカットやグミの木があり、今は前庭に母たち兄妹の成長を一緒に見守ってきたであろう草花が、まだ元気に残っていた。鮮やかなオレンジのバラにガクアジサイ、シュロの木、百日紅たちが、統一感がないようにも見えるけれど、伸びた雑草の中にもそれぞれの存在を示して元気に咲いているのだ。中でも母は、大好きなバラに強い思い入れがあるらしい。
「このバラはね、物心ついた頃にはもうここに咲いていたの。更地になる前に、うちの庭に植え替えて継ぎたいのよ。」
と、母は優しく決意表明をした。そういえば、きれいなバラの横で、幼い母が両手でスカートの端をつまんで広げ、西洋式のお辞儀をしている写真を見たことがある。
 移植は、まず周りの土を少しずつかき分け、掘り起こす準備をするところから始めた。母は、バラを連れて帰りたい一心で鋭いトゲと何日も格闘していたが、何十年もこの場所にしっかりと根を張っていたバラを掘り起こすのは、予想以上に大変だった。まるで、まだここに居座っていたいかのようにびくともしない。とうとう母は、
「無理かな。」
と諦めかけていた。それでも、「掘り起こすこと」と、「挿し木で増やすこと」の二つを同時進行する名案を思いついた母は、急に元気を取り戻し、作業を続けるのだった。
 その日、切り取った数本の枝を、早速、水に挿した。日の当たる場所や日陰など、置く場所を変えていろいろと試してみた。また別の枝は、数日間水を吸わせた後、鉢に植えたりもした。けれど、期待に反して、根が出る前に全て枯れてしまった。その後も枝を持ち帰っては試してみたが、結果は同じだった。名案を思いついた母も、さすがに枯れた枝を手に
「もう無理かな。」
と、肩を落としていた。大切な感情や思い出までなくしてしまうかのような母の表情を見て、「無理」という言葉が、私に重くのしかかってくる気がした。母は落ち込んだ声で、
「もう一回やってみよう。でもこれが最後になると思う。」
と言った。面倒くさいと思いながら手伝っていた私は、いつのまにか「次は私が咲かせたい」と思うようになっていた。解体が始まってしまえば、更地になるまでの時間はそう長くはない。草花たちの命が尽きる時間も迫っていた。
 解体が始まる前日、母と私は戦いに向かうかのように強い気持ちになっていた。まだ一勝もしていないバラとの勝負に、今日は負けるわけにはいかなかった。夜に降った雨も手伝って、ついにバラを根っこから掘り起こすことに成功した。大切に持ち帰った株を、すぐに自宅の庭に移植した。もちろん念のため挿し木で増やすことも忘れない。
 解体が始まった。遠方に住む伯父や叔母から「進捗を写真に収めてほしい」との指令に、母は毎日写真を撮り続けた。途中、屋根裏から、上棟式の時の丸い扇が見えたりもした。
 あっという間に工事は終わり、そこは家があったときよりも、数倍広く感じる更地になってしまった。母は、少し涙ぐんでいた。
「ここはおじいちゃんに怒られて、よく正座させられていたところ。ここに勉強机があって、お兄ちゃんに算数を教えてもらっていた。あと、ここにあったリードオルガンとピアノ、見たことあるでしょう。おばあちゃんと一緒に弾いていたなぁ。でも、全部さようなら、ありがとうやね。」
更地になっても、母の胸の中には幼い頃から続く記憶が鮮やかに蘇っているのだ。
 それから約一か月。移植したバラは緑の葉を保っている。挿し木に成功した二本の枝は、鉢に植え替えた。さらに一か月が過ぎ、鉢の一つは枯れてしまい、もう一つは、新芽も出て成長している。そしてある朝、小さいつぼみをつけていることに気づいた。
「よかった。」
母は、過去との別れや喪失感から解放されたように、しみじみと言った。そして続けた。
「いつかまた植え替える日が来るね。」
 次に植え替えることを考えるのは、少し複雑な気持ちになる。だから今は、場所を変え私たちのところに来てくれたバラを毎年きれいに咲かせることだけを考えよう。形はなくなってしまったけれど、大切な記憶はたくさんの草花たちと、ずっと残っていくと思う。そして、新しい景色を一緒に見ながらバラの花は庭で咲き続ける。

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