2025年度 第61回 受賞作品
福岡県教育委員会賞
九十歳のすてきな仕事
福岡市立 香椎東小学校5年吉永 光里
「ふう、ふう…。」
私が息を切らしている横で、九十歳を超えた大叔父は、黙々とくわを動かしていた。わたしは、たったそれだけの光景に、なぜか目がはなせなくなっていた。
大叔父は、今年で九十一歳になる。若いころから農家だったわけではないが、昔から土いじりが好きで、長年の趣味として畑仕事を続けてきたそうだ。畑では、季節に合わせて大根や白菜、ねぎなどが育ててあり、毎日のように畑に足を運んでいる。大叔父が育てている野菜は、今まで食べてきたものよりも甘く、特ちょう的だ。野菜が苦手な妹も、大叔父が育ててくれた野菜だと、たくさん食べてくれる。でも私は正直なところ、
「すごいな。」
と思いながらも、畑仕事の大変さについてはあまり深く考えたことがなかった。
しかし、冬休みのある日。大叔父から、
「畑仕事を手伝ってみないか。」
と提案があった。私の考えが大きく変わったのはこの日がきっかけだった。
くわをふり下ろすたびに、ザクッという音とともに土が返る。けれどもその動作は見た目以上に力が必要で、数回くわを動かすだけでうでが重くなった。軍手の中で手のひらはじんわりと熱くなり、こしのあたりには痛みが広がっていく。息もだんだんあらくなり、何度も立ち上がってこしをのばしたくなっていた。
一方で、大叔父の動きはゆっくりなのに安定していた。同じリズムで淡々とくわを動かし続けている。つかれているはずなのに、大叔父は決して手を止めなかった。そんな大叔父のせなかを見て私は、九十歳を超えていることが信じられなくなった。
「ちょっと休むか。」
そう声をかけられたとき、わたしはすぐにうなずいた。それでも大叔父は、少し水を飲んだだけで、また畑にもどっていった。さらにその後も三十分ほど作業を続けていたのだ。つかれていても動き続ける、そんな姿を見たとき、畑仕事は体力だけではなく、長い時間をかけて身につけた経験や、続ける強さが必要だと気づいた。
これまで私は、野菜は当たり前のように店にならんでいるようなものだと思っていた。しかしその裏には、土と向き合い、汗を流し、毎日少しずつ手をかける人の努力がある。九十歳を超えても畑に立ち続ける大叔父の姿はそのことを強く教えてくれた。
この冬休みの体験を通して、わたしは食べ物への見方が変わった。これからは農作物を作ってくれる人たちへの感謝の気持ちを忘れず、一つ一つの食事を大切にしていきたいと思う。