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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2025年度 第61回 受賞作品

福岡県知事賞

当たり前だった時間の価値

北九州市立  尾倉中学校3年松本 響羽

 先日、母と一緒に、昔のビデオを見ることになった。マジックペンで大まかに内容の書かれたDVDの文字を、母は懐かしそうに指でなぞりながら、「小さい頃のあんたらが映っとるよ。」と笑った。私は少し照れくさい気持ちのままテレビの前に座り、母と肩を並べて再生ボタンを押した。
 画面に映っていたのは、幼い頃の私や姉、兄たちの姿だった。特別な出来事ではなく、家で遊んでいるだけだったり、何気ない日常の映像。けれど、当時の声や笑い方、部屋の雰囲気までそのまま閉じこめられていて、まるで過去の空気が今の部屋に流れ込んでくるようだった。画面の向こうから聞こえてくる家族の笑い声に、母と私は何度も笑った。
 しばらくすると、台所から顔を出す人影が映った。笑いながら、カメラに向かって手を振ったり、ピースをしたりしている祖母の姿だった。今はもうこの世にいない、私の大切な家族。その瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。さっきまで笑っていた口元が固まり、言葉が出てこなかった。画面の中の祖母は、あの頃のままの声で、私の名前を呼んでいた。私は目をそらさないように映像を見つめ続けながらも、頭の中ではいくつもの思い出が重なっていった。どれも、当時の自分にとって「いつも通り」で、特別だなんて思わなかった時間だった。もっと話せばよかった。もっと素直に「ありがとう」と言えばよかった。祖母が亡くなったときに感じた後悔が、また、静かに胸の中に広がっていった。
 そんなとき、隣で母がぽつりと呟いた。
「このビデオ、オカンにも見せてあげたいわー。」
母の視線の先には、棚の上に置かれた祖母の遺影があった。その写真に向けられた母のまなざしを見て、私は胸の奥がさらに締めつけられるような、言葉にできない感情に包まれた。
 母は少し笑いながら、しかしどこか寂しそうな声で続けた。
「私が死んでも、みんなでビデオを見てほしいね。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にひんやりとした風が吹き抜けたような気がした。祖母だけでなく、いつか母もいなくなる。そんな未来を、はっきりと想像してしまったからだ。私は何も言えず、握った手にぎゅっと力を込めた。
 母には口癖がある。
「私たち親は、あんたら子どもより先に死ぬんやけ、兄妹で支え合って仲良くせんといけんのよ。」
これまで私は、その言葉を聞いてもどこか遠い話のようで、毎回「はいはい」と軽く受け流してしまっていた。けれど、この日だけは違った。映像の中で笑っている祖母の姿と、優しく微笑む遺影の写真の祖母、そして横で静かに画面を見つめる母。その三つが重なった瞬間、家族と過ごす時間は決して当たり前ではなく、永遠ではないのだと強く感じた。
 それと同時に、私は一つのことに気づいた。私はこれまで、何気ない写真や動画を撮ることについて「容量がもったいない」「わざわざ残すほどの出来事ではない」と思っていた。特別な行事でもないのに記録する必要はないと、正直面倒に感じていたことも否めない。だがしかし、この映像を見て大切なことに気がついた。何気ない日常だからこそ、後になって見返したとき、そのときの雰囲気、気持ちまでも蘇らせてくれる、大切な宝物になるのだということを。映像の中で笑う祖母の声や姿は、もう現実では聞けないし見られない。だが、映像の中では今も変わらず笑っている。その姿は、過去の出来事でありながら、同時に私の心の中で生き続けている。「記録すること」はただの記念ではなく、大切な人との時間を未来へつなぐ行為なのだと感じた。
 母は小さく「やっぱり家族は、大切にせんといけんね。」と呟いた。私は共感しつつ、胸の奥に浮かんだ気持ちを言葉にできなかった。今まで私は、家族にそっけない態度を取ってしまうこともあった。感謝を口に出すのが恥ずかしくて、素直になれないことも多かった。しかし、二度と戻らない時間があることを、私はこの日改めて思い知らされた。これからは、同じ食卓で笑える時間を、当たり前だと思わずに過ごしたい。何気ない会話も、一緒に過ごす静かな時間も、大切に胸に刻んでいきたい。そして、その瞬間を写真や動画として残すことも、ただの記録ではなく、「今を大切にして生きた証」なのだと感じている。
 いつか未来の私も、こうして誰かに思い出してもらえるだろうか。画面の中で笑う祖母の姿を思い出しながら、私は心の中で静かに決意した。今そばにいる家族を、そして今流れていく時間を、これまで以上に大切にして生きていこう。あの日、何気なく手にしたDVDを見ることになった何気ない日常の偶然の一つの行動が、今の私の人生の中でとても重要なかけらを見つけだしてくれた。DVDが与えてくれた気づきを、私はこれからの大切な宝物の一つとして刻み、この気持ちを忘れず人生を歩んでいきたい。

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