2025年度 第61回 受賞作品
福岡県知事賞
四十年前のおせち
国立大学法人 福岡教育大学附属福岡小学校5年松藤 琴乃
わたしのお父さんのたん生日は一月一日です。だからお正月におばあちゃんの家に集まる日は、おせちと一緒にケーキもならびます。今年もみんなでおせちをいただいたあと、お待ちかねのたん生日会が始まりました。みんなにハッピーバースデーの歌を歌ってもらい、お父さんは少し照れながら、ふうっとケーキのろうそくを消しました。わたしが、
「お正月に生まれたなんておめでたいね、みんな喜んだでしょう。」
と言うと、おばあちゃんはお父さんが生まれた日のことを話してくれました。
「あの日はね、寒かったけれど晴れて日差しがおだやかでね、お父さんが生まれたとき、家中が幸せでいっぱいになったのよ。特にお姉ちゃんは大喜びだったわね。」
おばあちゃんは、にこにこしながらおばちゃんの方を見ました。
「そうそう。あのとき生まれたての弟の小さくてふわふわの手をにぎって、おせちのだて巻きみたいって言ったのよね。」
とおばちゃんが言いました。
みんなが当時を思い出して和やかに話している中、わたしはお父さんの手を見ました。小さいころは公園に行くときもお買い物のときも、必ずつないでいた頼りになる手です。わたしが幼稚園のころは、ひょいと持ち上げて肩に乗せてくれた、日に焼けた大きな手です。そのお父さんの手が、いまお重にきれいに並んでいるだて巻きみたいだったなんて、信じられない気持ちになりました。
お父さんは驚いているわたしに、わたしが生まれた日のことを話してくれました。その日の天気や、おじいちゃんがうれしくて近所の人に会うたびに報告したこと、おばあちゃんが張り切ってくつ下をたくさん編んだこと、そしていまここに集まっている家族みんなが喜んでくれたことです。
「生まれたときのかわいくて小さい目は、この黒豆みたいだったぞ。」
と、お皿におばあちゃんが作ったつやつやの黒豆をよそってくれました。
わたしは口の中に黒豆の甘さがじんわり広がるのを感じながら、体が温かく力が満ちてくるのがわかりました。毎日元気に過ごせているのは、みんなが支えてくれるおかげだという、当たり前に知っていたことをあらためて体感したのです。みんなの優しさは、毎年変わらないおせちの甘さにそっくりだと思いました。
いつか大人になったとき、今度はわたしが大切な人を支えてあげられるような、お父さんみたいな大きな手を持ちたいです。
わたしもお父さんのお皿にだて巻きをのせてあげながら、赤ちゃんの頃のお父さんを想像して笑ってしまいました。そして、貯めていたおこづかいとお年玉で、お父さんの大きな手にぴったりの手袋を買ってあげようと決めました。それから、今ではわたしのほうが大きい、おばあちゃんの足を温めるくつ下も。