2024年度 第60回 受賞作品
RKB毎日放送賞
変化を受け入れて
宗像市立 日の里中学校3年畑中 彩希
私には同じ家に住んでいる祖母がいる。今でも祖母は大切な家族だ。しかし、祖母は認知症を患っている。その事実を知ったとき、私はとても信じることができなかった。そのときから私は祖母に対して複雑な気持ちを抱くことがある。かつて祖母は家族の中心として、明るく私たちを支えてくれていた。そんな祖母が日を重ねていくにつれ、判断力も鈍くなっていくのを見るのは辛いときもあるけれど、それでも祖母を大切に思う気持ちは変わらない。
私が祖母の認知症に気がついたのは、日常の中で小さな変化が積み重なってきたときだ。最初は年齢のせいかなと軽く考えていたが、次第にその頻度が増え、これまでに見られない言動になっていた。私にいとこの名前を何度も聞き返したり、昔の話を最近の話のように何度も話したりすることがあった。ある日、祖母に向けていとこからメッセージ動画が送られてきた。それを見た祖母に、「この子はだれ。」と聞かれたとき、私はすごく驚いた。今までは普通に名前を口にしていたのに、急にいとこのことを覚えていないという現実に直面した。その瞬間、「どうしてこんなことになってしまったのだろう。」と心の中で悲しみとともに少しだけ怒りを感じた。私は何とか笑顔で返答をしたが、切なさはずっと私の心に残っていた。それからも、祖母に対して少しでも優しく接しようと心掛けているのだが、その度に心が折れてしまうことがある。
認知症が進行しても祖母との時間は大切にしている。私が祖母と一緒に住んでいなかった頃や、小学生の頃の記憶が鮮明に残っている。特に祖母が作ってくれる料理はどれもおいしく、心温まるものばかりだった。しかし、今では食材の場所を忘れてしまうことで、祖母自身も食事を作ることに抵抗を感じているようで、台所に立っている姿を見る回数は減っていった。そんな姿を見ると、私の思い出は祖母にとっては思い出だったのか自信を持てなくなるのだ。だが、祖母の記憶に合わせて昔の話をすると祖母の目が輝くことがあり、その瞬間はとても嬉しく自信を持つことができる。それと同時に、「もう昔のように戻れないんだな。」と感じる。私は、できるだけ祖母が穏やかで幸せな気持ちで過ごすことができるようにサポートをしたいと思った。
祖母の認知症が進行するにつれて、私たち家族は介護の現実に向き合うようになった。ものを探している祖母が「さっきここに置いたのに。」と怒ったような声で言ってくるのだ。それでも私はできるだけ冷静に対応しようと努めている。なぜなら、認知症は祖母にもどうすることもできないことが分かっているからだ。とはいえ、介護をしている中で、「祖母がもう少し元気だったら、もっと楽に過ごすことができるのに。」という気持ちは、口にはしないが私だけでなく家族も抱いているはずだ。そのため、私だけその感情を表に出すべきでないと気持ちを押し殺すようになった。何度も同じ話を繰り返す祖母を見ると無意識に、「どうしてこうなってしまったのか。」と、過去の祖母と今の祖母をどうしても比べてしまう。それでも小さな祖母との喜びを大切にしながら、冷静に支えていこうと思うようにしている。祖母がどんな状態であっても、私は支え続ける決意をした。
祖母の変化で強くなったこともある。それは家族の絆だ。祖母に幸せを感じて過ごしてほしいと思っている人は、私だけでなくもちろん家族もだ。そのため、家族で協力していくことが増えた。祖母が記憶を失ったとしても、私たちができることはできる限り祖母に愛情を注ぎ続けることだと思っている。どんなに忘れてしまっても、私たちの支えが祖母にとって安心感を与えることができると信じている。祖母の笑顔を見ていると、私は心から幸せな気持ちになるのだ。たとえ小さなことであっても、祖母が喜んでくれる瞬間があるとその喜びは何ものにも代えがたいものだ。そういった喜びを自分の中心に置き、祖母を支えていきたいと思う。
認知症という病気は家族全員に大きな影響を与える。しかし私は祖母に対して少しのいらだちや悲しみを抱えながらも、その全てを受け入れて支え続けていきたいと思う。私たち家族の絆はどんな状況でも消えることはないと信じている。祖母がどんなに記憶を失っても、私たちは祖母の代わりにたくさんのことを記憶するつもりだ。そして少しでも祖母が穏やかに過ごせるように、これからもできることをしていきたいと思っている。