2024年度 第60回 受賞作品
RKB毎日放送賞
当たり前
国立大学法人 福岡教育大学附属福岡小学校6年服部 葵央
「 今日は、どんな調子だった?」
実は、五つ下の妹が今、二週間以上血管の病気で入院している。妹はたくさんご飯を食べるし、外ではお散歩やランニングなど身体を動かすことが好きで、早寝早起きの毎日を一緒に過ごしていた。「急きょ入院になった。」と、母から連絡があったとき、本当に自分の元気な妹が入院することになったのかと疑問と不安でいっぱいだった。でもその反面、妹はもう入院することができたから、何日か後には退院できると思って少し安心することもできた。
しかし、自分が予想したことと全く違う展開になっていった。一日に、コップ一杯分すら飲めず、今でもまだ食事は一口も口に運んだことはない。私が熱を出したときは、はげしく運動する気力は湧かないが、歩けるし、水分をとったり、食事をとったりすることはできる。このように、私が当たり前だと思っていることが妹にはできないと思うと、苦しく感じた。
そして、この話を母にすると、ひいおばあちゃんのおそう式のときのお坊さんがしてくれた話をし始めた。
「『人っていうのはこの世に生まれてきたしゅん間から決まっていることが一つあります。それは命が終ってしまうことです。このことが当たり前のことで、逆に生きていられることが奇跡なのです。生きていられること、いつもの毎日を送れることが当たり前ではないのです。』と、話してくれて、本当にそうだなと思ったのよね。」
母の話を聞いて、何かをひっくりかえされたように感じた。また、難しい内容ではないのに、私はまちがって感じていたと思った。朝起きられること、ご飯を食べられること、友達と笑って登校できること、家族と今日の出来事を笑って話せることなど、全て『当たり前』ではないのだと、夕食の片付けをし始めた母はダイニングテーブルからはなれ、一人座ったまま、ぼーっとしながら思った。
また、明日から母は病院の付きそい入院をすることになっているので、私は同じ市内には住んでいるが自宅から車で五十分ほどはなれている 祖父母の家へ、今病院に付きそってる父は単身赴任している東京へ一度戻る。このダイニングテーブルのいすが四つとも埋まって、食事を出来ていたこともいつもの『当たり前』だと、特に大切なことと感じていなかったが、今は違う。早く前のように四つのいすが埋まってほしい。今はそれがいつになるか分からないが、母と妹が笑顔で自宅に戻ってくることを毎日願おうと思う。そして、今まで『当たり前』と思っていたことを考え直し、感謝しながら毎日を送りたいと強く思っている。