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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2024年度 第60回 受賞作品

日本農業新聞賞

当たり前のことに感謝する

北九州市立  洞北中学校3年早川 明希

私は、 中学一年生のとき、 陸上競技部に入部した。 きっかけは、知り合いの先輩が陸上競技部に所属していることを知り、試しに見学に行ったときに見た先輩の走る姿だった。そのときの先輩は、背筋を伸ばし、軽やかに走っていて、見惚れてしまったのだ。
「私も、あんな風に走りたい。」
そう思い、私は、陸上競技部に入部することを決意した。
 練習は、とてもきつかった。体力が全然ついていない私は、練習についていくのが精一杯で毎日筋肉痛の中練習していた。練習を何度も何度もやめたくなったが、どうしても先輩のように走りたくて、必死になって練習にしがみついていた。
 ある日の練習で、グラウンドではなく道路を走る練習が行われた。道路はグラウンドとは違い、とても硬く、走るのにとても苦戦してしまった。先輩が一緒に走るペースメーカーの役割を担ってくれたが、なかなか追いつくことができなかった。私は、どうしても先輩に追いつきたくて、走るスピードを上げた。私は、全速力で走っていて、気がつかないうちに息が荒くなっていた。その様子を見ていた先輩が、
「きつそうだけど、ペース落とそうか。」
と問いかけてきたが、私は、
「大丈夫です。まだ行けます。」
と、言ってペースを落とさなかった。しかし、体には、限界だったようで、私は、バランスを崩し、転んでしまった。そのはずみに、右足を痛めて歩けなくなった。その日は、練習に参加することができなくなってしまったため、早退した。
 次の日は、部活動が休みで整形外科へ行った。医者の方からは、捻挫で、一週間は走れないと診断された。私は、信じられなかった。必死になって、凄い勢いで出てきそうになる涙を唇を噛んで堪えた。それでも、堪えられなくて、家に帰り着いた瞬間、声を上げて、泣いてしまった。その場にいた母は、少し驚いて、ゆっくり背中をなでてくれた。優しく、温かい母の手のおかげで私の涙はしだいに収まっていった。
 私は、話せる状態になると、母に今までの練習についてや、自分の記録に対する悔しさを話した。母は、私が話し終わるまで、口を挟まずに話を聞いてくれた。母は、一呼吸置くと私に語りかけた。
「話してくれて、ありがとう。今まで、一生懸命努力してきたんだね。でも、一生懸命練習ができているのは恵まれたことなんだよ。あなたには、走ることができる足があって、支えてくれる先輩や顧問の先生がいる。記録会や大会のために支えてくれる人たちがいる。あなたが今、泣いて、悔しいと思えるというこの環境が、どれほど素晴らしいことか、あなたは今、自分の気持ちだけでしか泣けていないけれど、周りの人や環境に気づけているかしら。そこに気がつけるときっと、もっといい選手になれるよ。」
 私は、はっとした。私は、周りが見えていなかったことに気がついた。
「そっか。当たり前じゃないんだな。」
思わず私はつぶやいた。
 数日後、周りのことについて考えてみた。例えば、部活動の顧問の先生方は、私たちが記録会や大会に出場できるようにいろいろなことをやってくださっていた。競技のエントリー、大会や記録会での場所取り、荷物の運搬など、大変な仕事を行い、私たちも支えてくださっていた。
 両親は、私が陸上を頑張れるように、サポートしてくれた。遠方での大会への送迎、栄養バランスに気をつけた食事やお弁当、毎日出るたくさんの洗濯など、様々な手助けをしてくれていた。
 私は、多くの人に支えられて生活していることに気づくことができた。それと同時に、今までの自分の言動が恥ずかしくなった。私は、自分の視野が狭く、周りのことが見えていなかったことを改めて知った。
 一週間後、久しぶりに部活動に参加した。そのとき、練習をしていなかったため、体は非常に重かった。しかし、私の心は走ることができる喜びで心が軽く、清々しかった。
 私は、この出来事で不満をもつのは恵まれていることに気がつかないときだと気づいた。私は、これから普段何気なく生活している中にたくさんの感謝することがあるという意識をもって過ごしていきたい。

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