2024年度 第60回 受賞作品
日本農業新聞賞
宿題が終わる日
宗像市立 河東中学校1年辛島 伊織
夏休みが始まる前の数日間、心がそわそわしたり、うきうきしたりするのはなぜでしょう。夏休み中に、どこかに出かけるという予定があるわけでもないのに、何だか落ち着かない自分がいます。そうするうちに夏休みに入り、いつもより少し朝寝坊をしても怒られず、好きなテレビ番組も多めに見ることができ、快適さを味わっていると、あっという間に時間は過ぎ去ってしまいます。そうして、毎年のことなのに、必ず最後は宿題に追われている僕がいるという不思議……。でも、僕は知っています。自分自身が宿題をやっていないということを。はじめは順調だった僕の時間の流れが、いつのころからかよどんでいくのです。はっと気づいたときには、夏休みの終了が目の前に迫っているのです。
ここで突然ですが、僕の相棒を紹介します。ジャンガリアンハムスターの「ハム」です。なぜ相棒なのかというと、宿題に追われる僕を、いつも側で見守ってくれる存在だからです。小学四年生の春から僕はハムスターを飼っていました。初めてのペットとの生活に、胸が高鳴ったことを覚えています。たぶん他の動物もかわいいのでしょうが、僕のハムスターは特別です。手に乗る小ささ、プリッとしたおしり、なめらかな毛並み、何より両手でキャベツを食べる姿は格別で、 すっかり僕はとりこになってしまいました。僕の推しポイントは、木くずの中から顔だけ出して、じっとこちらを見つめてくる姿です。見ているだけで僕に幸せを与えてくれるハム。毎日幸せに、楽しく暮らしてほしいと願うばかりです。そのために、清潔な環境になるよう気を配ったり、栄養バランスの良い食事を準備したり、ストレスを与えないよう大声を出さないようにしたりして、できる限りのことをやってきたつもりです。
さて、また僕の夏休みの日常に話をもどします。いつも通りの時間に起きて、昼ごはんまでは、予定通りに進んでいます。宿題も完ぺきにできる予感しかありません。午後の日差しは強くて、時間はたっぷりあるよと魔法をかけられるのです。 そして、ここから時空がゆがんで記憶がひとつも残っていないのです。気がつくと夜ごはんの時間になっているではありませんか。一体どうしたことか。そんな日々が続いていきます。これでは宿題が終わりそうもありません。でも、大丈夫です。僕は、実は夜が大好きなのです。長い夜の始まりです。夏休みの宿題は、夜の方がはかどることを、僕はこの数年で自覚していました。さあ、宿題との闘いのスタートです。(正直に言うと、昼間の自分を少し恨んだり、やっておけばなあという後悔もかすかに味わったりしていますが。)
ふっと、耳に心地よい音が届いてきました。カラカラ……。我が相棒、ハムスターのハムが、回し車を忙しく回している音です。カラカラカラ……。絶妙なリズム感です。それを聞いていると、一緒に頑張っている気持ちになり、リズムに乗って、漢字の書き取りも算数の計算もすらすら解けていくのです。夜が深まるにつれ、僕は絶好調になっていきます。相棒は、途中で野菜やフルーツを食べています。うらやましさを感じつつ、夜食のない僕は麦茶で休けいです。そして、また宿題に取りかかります。ふと気づくと、ハムは眠っていて、寝てるんかいとツッコミを入れながら、時間は過ぎていきます。これが、僕の夏の終わりの日常です。
小学五年生の夏休み最後の日、つまり、宿題が終わった日の夜、ハムは天国に行ってしまいました。ここ数日、以前のような高速の回し車の音はせず、毛並みも少しつやがなくなっていましたが、大好きなキャベツをおいしそうに食べていたので、こんなに早く別れがくるとは思ってもいませんでした。悲しくて悲しくて、さびしくてさびしくて、それ以外の感情がどうだったか、僕はよく思い出せません。後悔もたくさんあります。もっとケージから出して僕の部屋で遊べばよかった、大好きなイチゴをもっとたくさん食べさせてあげればよかったなど、考えるときりがありません。小さい体で、たくさんの思い出と元気を与えてくれたハム。夏休みの宿題につきあってくれたハム。心からのありがとうを伝えたいです。
夏休みが始まると、必ず思い出す夏の終わりの出来事。中学生になった今も、心から離れない夏休み最後の日。僕の夏休みは、これからも続いていきます。ハムの思い出と共に。今年も回し車に乗りながら、僕の宿題が終わったかを心配してくれているのかな。そう思うと、僕は励まされているようで、元気が出ます。ハム、大丈夫だよ、僕は中学生になってもなんとか宿題を終わらせることができたよ。