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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2024年度 第60回 受賞作品

全共連福岡県本部運営委員会会長賞

レッテルを貼らないで

福津市立  福間中学校1年有村 瞳

 「洞察力があればすぐに怒ることはない。過ちを見過ごす人は美しい。」
こんな格言があります。私があるときから心に留めておきたいと思っている大切な言葉です。
 小学校中学年の頃、私には苦手な級友がいました。その子はふざけて注意散漫だったり感情的になると危ないものを振り回そうとしたりしました。なだめようとする担任の先生にまで大きな声や力で対抗しようとすることもありました。 たいていは、クラスの別の子たちがその子にかける言葉に興奮して暴れてしまう、 というパターンでした。私は入学前からその子を知っていて、その子がよく泣いて駄々をこねる姿を見てもいたので、幼いのは変わらないな、なんてあきれた目で見ているだけでした。私がその子のことを苦手だと認識したきっかけは、ある日の習字の時間のことです。ふざけが高じてか、手近にあった私のランドセルにその子が墨汁をかけてしまったのです。私は汚れてしまった箇所を必死になって拭きました。それに加えて、その子は先生から何を言われても、謝らないどころか染みをとるのすら手伝ってくれませんでした。そのとき私はすごく傷つきましたし、染みも残ってしまいました。「絶対に許さない。」私はそのときからその子に話しかけられても冷たく接するようになり、高学年で同じクラスになったときまで私はそんな態度を取り続けていました。
 見方を変えないと、と意識したのは、私が母と買い物中にその子と会った日のことです。その子は顔見知りの私の母に気づいて近づき、にこにこしながら挨拶をしてくれました。しかし、私はあいかわらず無愛想な態度だったので、母にその理由を聞かれました。「あんなひどいことされたんだから……。」と主張する私に、母は冒頭に紹介した言葉をくり返して語りました。
  『洞察力』とは相手の行動の裏にある、目に見えない背景や動機を推察する力、なのだそうです。「そのときは本当に辛かったよね。でも、絶対に謝ってもらわないと許せないことだった? 今はもう見過ごせないかな?」 と言われました。
 それから考えてみました。その子が中学年の頃暴れがちだったのは学校以外にも何か理由があったのかもしれない、周りの人に原因があったのかもしれない。 そもそもランドセルの件はわざとではなかったのかも……?いろいろ考えていくと、結局は許さないままもやもやして嫌な気持ちを引きずってしまっているのは私なのだと思い至りました。そして、その頃になってやっと気づいたのです。人は変われるのだということに。それから、その子を意識して見てみると、友達とトラブルになることは以前より減っていて、前よりもずいぶん落ちついているように思えました。
 私はこれまで、嫌な記憶を根にもって、冷たい態度をとっていましたが今となればとてもはずかしいことだと思います。自分でもそんなことをされたら嫌なのに、私は前の記憶にだけとらわれてレッテルを貼り、今目の前のその子自身を見ようとしていませんでした。その子は変わっていたのに、私の気持ちだけは変わらないままでした。私もたくさんの失敗をしてきて今の自分があります。ランドセルの染みと悲しかった記憶は今でも残っていますが、私は級友を許そうと決め、それからは晴れやかな顔で接することができていると思います。また誰かの言動に傷つけられたとき、この学びをいかしていきたいです。
 例えるならスポーツのようだと思います。一回目の挑戦でうまくできなくても、一生懸命努力して二回目、三回目、何回も挑戦したらできるようになることは増えます。しかし、私の態度は一回目でできなければこれからも上手にならない、そんなふうに思っていることと一緒でした。人間関係も元から得意で上手に築きあげられる人もいれば、失敗して上手に築きあげられない人もいます。それは育ってきた環境も、これまで積み重ねてきた経験もみんなひとりひとり違うから考えてみれば当たり前です。
 もちろん、どんな間違いや違反でも無条件に許されていいとは思っていません。 しかし、誰かの間違いに対し、その背景や動機を考えること、人が変化できる可能性を信じること、これが大切なのだということに私は気づかされました。レッテルを貼らないで──いつも相手に批判の言葉ではなく積極的な期待をかける、そんな見方をしてみんなであたたかい社会をつくっていけたらと願っています。

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