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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2024年度 第60回 受賞作品

福岡県教育委員会賞

おじいちゃんのきゅうり

国立大学法人  福岡教育大学附属福岡小学校5年佐藤 湊人

 「ボリボリ」口の中で音がする。やっぱりおじいちゃんが作ったきゅうりは世界一おいしい。いつもそう思いながらきゅうりを食べている。
 僕は野菜が苦手だ。食べたらとても苦い汁が出て、口がムカムカするからだ。どうにか野菜を好きになろうとして、できるだけ工夫して食べるようにがんばっていた。でも苦い。 お茶で野菜を流しこむ。そんな地ごくのような毎日が、僕の日々の中でくり広げられていた。ある日、宅配便が届いた。どうやらおじいちゃんからのおくり物らしい。僕はおかしやジュースが入っているのかと思い、箱を開けるまでの時間を楽しんだ。しかし、その思いもすぐに消えた。なんと、箱の中には新聞に包まれているきゅうりが入っていたのだ。お母さんは新聞からきゅうりを取り出し、迷うことなくお皿に一本のせた。マヨネーズも一緒に。僕は「おじいちゃんがせっかく作ってくれたきゅうりだから。」と自分に言いきかせながら、マヨネーズにきゅうりをつけた。「あれ。」きゅうりに顔を近づけた。おじいちゃんの作ってくれたきゅうりは、ふつうのきゅうりと違う。何度見ても、きゅうりはきゅうりだが、食べたしゅん間、おじいちゃんの気持ちが一本のきゅうりに入っているように感じた。気が付くと、僕はきゅうりをかじっていつの間にか、一本丸々なくなっていた。きゅうりという名の野菜のうまみがこのとき初めて分かった気がした。
 むしむしと、暑さが増してきた夏、久しぶりにおじいちゃんの家に遊びに行った。そのとき、おじいちゃんが庭で育てているきゅうりを見せてもらった。きゅうりは、手より少し大きくて、落ちそうなぐらいずっしりとたれ下がっていた。水をあげた後なのか、水滴がつき、涼しく、おいしそうだった。そのときふと、前に食べたきゅうりのことを思い出した。あのとき食べたきゅうりが、この庭で育っていることを知って、なんだかうれしくなった。おじいちゃんに感謝の気持ちを伝えたくなった。おじいちゃんの気持ちがたくさん込もった一本一本のおいしいきゅうりを食べ、今まで苦手だった野菜を食べることができた。
「おじいちゃん、おいしいきゅうりをありがとう。」おじいちゃんのおかげで、苦手な野菜を食べることができ、作ってくれる人のあたたかい思いを知ることができた。僕が大人になったとき、おじいちゃんのようにあたたかい思いをだれかに伝えることはできるだろうか。今、僕はまだ子どもで、伝える手段も分からないが、いつかおじいちゃんのように、相手のことを想い、何かの形で伝えられる人になりたい。

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