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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2023年度 第59回 受賞作品

福岡県知事賞

いつか誰かの力に

私立  博多女子中学校3年渡邉 佳音

「ブラボー。ブラボー。」
生まれて初めての感覚だった。全身に降り注ぐ拍手と歓声。目に映るもの全てがきらきらと輝いて見える。鳥肌が立った。髪の毛までもが立ち上がっているのではないかと錯覚するほどに。喜びと感謝の気持ちが伝わることを願い、私はゆっくりと深いお辞儀をした。
 昨年七月、私が暮らす福岡市で世界水泳選手権が開催された。およそ二百の国と地域から約二千四百人もの選手が参加する国際大会だ。その大会のアーティスティックスイミング競技の表彰式で、私が所属する箏曲部が箏の演奏をすることになったのだ。
「笑顔でいつもどおりに。頑張れ。」
本番直前、顧問の先生がガッツポーズをしながら声をかけてくださった。私もガッツポーズを返す。他の部員たちを見回すと、緊張からか表情が硬い。
「みんなで写真を撮ろうよ。」
私から声をかけ、箏曲部全員でガッツポーズ姿の写真を撮った。皆の緊張が少しほぐれたように感じた。
 選手と同じ入場口からプールサイドへ向かう。会場に一歩足を踏み入れた瞬間、「眩しい」。息を呑んだ。無数のライトがわたしたちに向けられている。目の前には、水面にライトを反射させて輝いている、見たこともないほどの大きなプール。そのプールをぐるりと囲む観客席は高い天井近くまで続いている。わたしたちのすぐ右手には、つい先程まで選手たちの演技を厳しい目で見つめていたであろうさまざまな国籍の審査員たちがずらっと座っている。大きく息を吸う。この会場で私が唯一知っているこの鼻につく塩素の匂いが、私に冷静さを取り戻させた。
「笑顔でいつもどおりに。」先生の言葉を頭の中で繰り返す。
 入学してから懸命に練習をしてきた。部活動が休みの日も自主練習に励んだ。弦を押す指先の皮膚が破れ、痛みに耐えた日もあった。部員全員が楽しく活動できるように、率先してコミュニケーションを取るよう努めた。今年度は部長を任せてもらえた。今日この舞台で演奏できるのは八人だが、観客席で応援してくれる部員たちもいる。「全員が実力を発揮できるように。」そう願いながら、背筋を伸ばし胸を張って前へ進んだ。プールサイドで私を持つ相棒の箏は、いつもより凛として見えた。箏の前に正座をし、両手を太ももの上で揃え深々とお辞儀をする。会場がしんと静まり返った。曲名は「異国の風」。この異国の地、日本で素晴らしい演技を披露し、競い合った選手たちへの尊敬と感謝の気持ちを込めて演奏した。
「ブラボー。ブラボー。」
はっきりと聞こえた。何度も何度も。前後左右あらゆる方面からの拍手と歓声が私の体を包む。審査員たちは全員立ち上がり、笑顔で拍手をしてくれている。そして、選手たちはわたしたちにカメラを向け、指笛を鳴らしたり手を振ったりしている。会場中から惜しみなく注がれる歓声がとても心地良い。会場が一つになっている。この光景を私は一生忘れないだろう。心を込めてもう一度深々とお辞儀をし、会場を後にした。
 世界水泳選手権での演奏から五か月後、私はあるミュージカルの舞台を観に行った。アップテンポの曲に合わせたダンスシーンが多い演目で、観客は皆、目を輝かせて見入っている。終演後のスタンディングオベーションでは拍手が鳴り止まず、袖に下がった俳優たちは何度も舞台に戻って応えてくれた。そのとき、男性の声が響いた。
「ブラボー。」
俳優たちはその声の方へ手を振りながら、あふれんばかりの笑顔を向けた。鳥肌が立った。男性は、拍手でもスタンディングオベーションでも伝えきれない感動や感謝の気持ちを、「ブラボー。」という一言に込めたのだ。そしてその気持ちは俳優たちにしっかりと届いていた。七月、あの眩しいプールサイドでわたしたちに向けられた「ブラボー。」の重さに今になって気付いた。わたしたちの演奏で感動してくれた人たちがいたのだと。目の前の俳優たちと同じように、私も誰かの心を動かしたのか。胸の奥がぐわっと熱くなった。
 私には将来の夢がある。それはミュージカル俳優になること。初めてミュージカルの舞台を観たとき、衝撃と感動で言葉が出ず、終演後、しばらく座席から立ち上がれなかった。こんなにも人の心を動かすものがあるのかと驚いた。感動の余韻は私の心にどっしりと居座り続け、今までは面倒だと感じていた学校の試験勉強なども前向きに頑張ろうと思えるようになった。観劇がいつも私に力を与えてくれている。
 私は考える。私が誰かの頑張るきっかけ、力の元になることができたらどんなに幸せだろうと。世界水泳選手権での経験が、私の夢に向かう決意をより強いものにした。部活動で共に励んだ仲間たちがいたからこそ、人々の心に響く演奏ができた。ミュージカルも多くの人の力で作り上げる。私自身の努力、仲間との協力、そして、いつか観てくださる観客への感謝の心を決して忘れず、今、私は次の一歩を踏み出す。
「ブラボー。」
あのきらきらと輝く瞬間を目指して。

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