2022年度 第58回 受賞作品
日本農業新聞賞
BRASS BOND
うきは市立 浮羽中学校3年古賀 義彦
「BOND」、それは「絆」を意味する言葉だ。「絆」、それは「つくる」のが難しく、意識しなければ簡単に「壊れる」ものだと僕は思う。しかし、それと同時に、手に入れた者にとっては最強の武器になるとも僕は思う。
今日、僕たちは一つの舞台に立つ。僕にとって、この舞台に立つのは最後になるだろう。十秒後、その舞台への扉が開かれる。九秒前、僕は楽器を握りしめる。八秒前、楽器の冷たさに鳥肌が立つ。七秒前、大きく深呼吸をする。六秒前、ゆっくり息を吐く。五秒前、視線を扉に向け、覚悟を決める。
吹奏楽部に入部した頃、僕は少しばかり孤独を感じていた。部員の中でただ一人の男子部員だったからだ。音楽が好きだという単純な理由で入部を決めたが、男子一人というのは、やはり肩身が狭かった。そんな僕は入部当初、今までにない不安と恐怖に襲われていた。同級生について行かねばという緊張とプレッシャー。先輩方の機敏な行動に追いつけるかという不安。そんなものに押しつぶされそうになる毎日だった。唯一の楽しみは帰るとき、同じ吹奏楽部の同級生と一緒に帰りながら、会話をすること。その時だけは部活動の厳しさやつらさを忘れられたからだ。帰り道、授業のこと、先生のことなど、ちょっとした会話が僕を救ってくれた。
そんな僕に、ある出来事が起きた。自分の楽器を持つようになったのだ。入部してからそれまではずっとリズムをとる練習ばかりしていたので、大きな喜びがあった。僕が選んだ楽器はチューバだ。存在感のある見た目と低音のかっこよさに魅了されたのだ。
数日後、初めて楽器を吹く日が訪れた。自分の使うチューバを初めて見たとき、僕の口からこぼれたのは、
「すげぇ。」
の一言だった。キラキラと光を反射し、その金色が床にも映っている。自分の胸程まである大きなチューバには、キズやへこみがたくさんついていた。触れてみると、ひんやりと冷たく、少し緊張した。そっと吹いてみると「ポ〜」とかっこわるい音が出た。でも、音が出せたことがうれしすぎて、あまり気にならなかった。
それからの毎日は部活動が楽しくなってきた。もちろん、きついこと厳しいことに変わりはない。でも、チューバという相棒ができて、僕の中にやる気が芽生えてきた。中庭コンサートや文化祭などの本番を少しずつこなしていき、その演奏は大好評を得ることができた。僕は感じた。これが吹奏楽の楽しさ、気持ちよさなんだと。もう最高の気分だった。
その後、チューバの先輩が引退し、たった一人でチューバを担当することになった。この時、再びあの感覚が戻ってきた。孤独だ。頼る人がいない。一人で吹かなければ。失敗したらすぐバレる。そんな不安や恐怖が再びよみがえったのだ。でも、時間はどんどん過ぎる。コンクールの練習が始まり、新一年生も入ってきた。先輩としてのプレッシャーも加わり、苦しい毎日が続いた。しかし、その感情はいつの間にか消えてしまっていた。なぜだろう。それは二年生という仲間がいたからだ。失敗しても責めずに励ます。成功したらともに喜ぶ。そんな仲間がいたから僕は諦めなかった。諦められなかった。裏切りたくない。一緒に演奏したい。そう思えた。二年生でのコンクールの結果は思ったようにはいかなかった。しかし、大きな一歩を踏み出すことができた。僕はそう思っている。
十月、三年生が引退した。とうとう僕たちが引っ張っていく番だと実感した。三年生に進級し副部長になった僕は、三年生としても、二年生、一年生への指示をしなければならなくなった。正直、苦手だ。今まで部活動で人に指示を出すことなんてなかったし、言いにくい気持ちが大きかった。でも、思い切って一度やってみると、どんどん指示が出せるようになった。僕は理由を考えてみた。そして、一つの答えが出た。「信頼」だ。この部員たちなら、僕の指示をわかってくれる。その「信頼」があったからできたのだと思う。これまでのことを振り返って、僕は一つの考えに至った。僕のこれまでの部活動は、「絆」によって支えられたものだったということだ。
「友達」という「絆」。「相棒」という「絆」。「仲間」という「絆」。「信頼」という「絆」。「絆」というつながりがあったから進めた道。創れた道だ。もちろん「絆」ができるまでには時間がかかった。壊れそうにもなった。でも、壊れなかった。壊そうと思う人が一人もいなかったからだ。そして、この「絆」は、いつしか自分を支えてくれた最強の武器となっていた。
こんな部員たちがいる場所。だから、吹奏楽はやめられないのだ。
今日、僕は最後のコンクールの舞台に立つ。先輩が使っていた金色のチューバに手を添えたまま、僕は「BOND」を感じる。四秒前、少しずつ扉が開く。三秒前、さあ行こう。二秒前、僕たちの演奏を。一秒前、壊れることのない「BOND」を。
──ガチャン。
扉が完全に開いた。強く照りつけるライト。観客の視線。全てが熱かった。緊張も感じなくなるほどに。
さあ、──見せつけよう。
僕は光の中へと歩み始めた。