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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2021年度 第57回 受賞作品

福岡県知事賞

「優しさ」の正解は

宗像市立  自由ヶ丘中学校1年伊賀﨑 望

 優しさとは何だろう。普段何気なく使う言葉だが、何だかぼんやりしている。辞書を引いてみた。心温かく、思いやりがあること。また、おだやかでおとなしいこと、とあった。分かるような分からないような、正解はあるのだろうか。そんなことを考えるようになったのは、まだ「新型コロナウイルス」なんていう言葉もなかった二〇一九年の秋のことだった。
 「佐世保のばあちゃんが週末からこの家で暮らすことになった。」
九月末の水曜日、父は私たちに深々と頭を下げてそう告げた。父方の祖母である佐世保の祖母は夏に体調をくずし入院していたが、九月に入りようやく退院出来たそうだ。しかし、以前のような一人暮らしができるような状態ではないそうで、いろいろなところで話し合った結果、宗像の我が家で一緒に暮らすことが決まったらしい。私はとまどった。正直言って祖母のことは少し苦手だった。働き者で、きれい好きで、早口でしゃべる祖母が家にいたら、きっとごろごろのんびり過ごすことができなくなるだろう。夏休みなどで祖母の家に行くのは楽しいが、長くいると疲れてしまう。そしてそう思っていたのは私だけではなく、二人の兄も困惑していた。しかしそれを知っているからこそ父は私たちに頭を下げたのだろう。受け入れるしかなかった。家族で協力してわずかな期間で祖母を迎える準備をした。
 そして週末、祖母が我が家にやってきた。父の車から降りてきた祖母は私の知っている祖母とは全く違っていた。父の手を借りながら家の前の低い四段ほどしかない階段も這うようにして上がっている祖母を見て私たち兄妹は固まってしまった。祖母は、弱々しく、
「びっくりさせてごめんねぇ。」
と、呆然としている私たちを気遣って声をかけてくれた。そして家に入るなり、準備していた布団ですぐに眠ってしまった。そこにテキパキ動くおしゃべりな祖母の姿は欠片もなかった。そんな祖母にどうやって関わっていけば良いのだろう。最初とは違うとまどいが私の中に生まれていた。
 その頃私はちょうど学校で高齢者体験や認知症サポーターの学習をしたばかりだった。学んだことを何か祖母のために生かせないだろうか。祖母がフラフラしながらトイレに行こうとしていたら、玄関から落ちたり段差につまづいたりしないように
「ばあちゃん大丈夫?気をつけて。」
と声をかけながら祖母を支え付き添った。しかし、
「ありがとね。自分でいけるけ、大丈夫よ。」
と付き添いを断られることの方が多かった。弱っていても、自分で何でもやろうとするところに時々本来の祖母の姿が見えた。そうなると私はどうすれば良いのか、ますます分からなくなってしまった。ほとんど一日中寝ている祖母の邪魔をしないように、そっと薬や飲み物を持って行ったり、起きているときには
「体調どうですか?きついところないですか?」
と声をかけるくらいしかできない私に対して祖母は毎回、
「望は優しかねえ。」
と言ってくれた。祖母のその言葉は、何もできていない私の心に小さなトゲのようにチクリと刺さった。
 一方で三歳上の長兄はすごかった。必ず祖母の部屋の様子を見て「いってきます。」「ただいまばあちゃん。」のあいさつを欠かさず、祖母が起きているときは祖母の部屋で長話をしていた。長兄がいるときは祖母の部屋から笑い声がよく聞こえた。まるでずっと一緒に暮らしていたかのように、長兄の振る舞いはとても自然で、祖母を元気づけているように見えた。長兄の自然体の優しさがうらやましくて、長兄に聞いてみた。すると長兄は、
「いや、すごく気を遣うよ。でもずっと寝てばっかりだとばあちゃんもきついと思うから話せるときは話すよ。」
自然体だと思っていた兄も私と同じように祖母のために試行錯誤していることを知った。
 問題は一つ上の次兄だった。祖母に一番かわいがられていたはずの次兄は、簡単なあいさつを部屋のふすま越しにするだけで祖母の部屋には入らなかった。学校から帰ってきても、かばんを置いてすぐに遊びに行っていた。
 見かねた母が、
「少しはおばあちゃんのことを気にかけなさい。」
と注意したが、次兄からは意外な言葉が返ってきた。
「いつも通りにしとかんと、ばあちゃんが気を遣われとるって気にしてしまうやろ。」
 祖母は、人に迷惑をかけることをとても嫌う人だ。次兄はあえて祖母が気にしないように祖母が来る前と同じように過ごしていたのだ。遊びに行っていたのも、自分が外に出ていた方が祖母が静かに休めるだろうという次兄の配慮だった。何も考えていないと思っていた次兄がそこまで祖母を気遣っていたことに驚いた。その後、祖母は検査入院のため一週間で佐世保に戻り、そのまま天国へ旅立った。
 優しさの正解は分からない。でも「思いやり」を辞書で引くと、人に心を配ること、とあった。兄妹三人優しさの表し方はそれぞれだったが、祖母を思いやる気持ちは同じだった。祖母には届いただろうか。思いやりをもちながら私は常に「優しく」ありたいと思う。

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