2021年度 第57回 受賞作品
福岡県知事賞
小さなピアニスト
私立 福岡雙葉小学校3年坂本 美玲
「あぁ、始まった。」ポロポローン。夕方になるとわが家にひどい音が響きわたる。弟のピアノの練習の時間だ。私にはこの騒音が不愉快で仕方なかった。
昨年の春、五才の弟がピアノを習い始めた。弟は甘えん坊できついことはすぐ泣いてやめてしまう。家族から「根性なし」とよばれることもあった。私もこれまで何度も母にピアノをすすめられてきた。しかし難しそうだし、どうせひけないや、という理由で断り続けてきた。しかし、あの根性なしはすんなりとピアノを受け入れた。どうせ何も考えていないのだろうが、私が最初から諦めていたことに弟がチャレンジするのを面白く思っていなかった。
最初はたった十分の練習でもだっ走していた弟が、夏のある日ニコニコしてピアノ教室から帰宅した。先生からほめられたのと、発表会の課題曲を一丁前にもらったのがとても嬉しかったらしい。その日から夕方はわが家の騒音タイムになった。ところが、意外にも弟は毎日真面目に練習に向き合った。泣きながらでも投げ出すことはなかった。そんな姿を見ているうちに、私のしっと心はどこかに消え、むしろ一緒に練習している気分になっていった。弟は
「ぼくは練習は嫌いだけど、ピアノをひいていたらかっこいいと思うの。たくさんひけるようになったらみんなに聞かせてよろこんでもらいたいの。」
と言っていた。私は小さな根性なしの成長にとてもおどろいて、ハッとした。
私は自転車が苦手で、練習もほぼしない。出来ないことは難しいこと、という考えしか持っていなかった。でも弟はちがった。出来たときにどんな新しい世界が広がるのかを小さいながらに想像し、出来なかったことに成功したときは、その一つ一つを楽しんでいるようだった。私の中で「根性なし」は「小さなピアニスト」に変わった。騒音はたどたどしい応えん曲に変わった。
小さなピアニストは発表会に向けてますます練習熱心だ。私は彼の成功を心から祈っている。そして私は苦手な自転車の練習を少しずつ始めた。今度自転車でスーパーまで行ってみよう。