2020年度 第56回 受賞作品
西日本新聞社賞
反抗期
福津市立 福間中学校3年白石 純信
僕の日課は、母親との言い争いだ。休みの日だろうが平日だろうが、いつも僕と母の頭のてっぺんからは蒸気が出ている。その言い争いが佳境に入ると、花粉なんか飛んでもいないのに、なぜか目と鼻からなぞの液体が出てくる。蝉のジージーという鳴き声も、僕に対する悪口に聞こえてくるから始末が悪い。こんな日が、ほぼ毎日続いているのだ。母の小言にいらいらする僕。これが世間で言う反抗期なのだろうか。
そんな中、短い夏休みがやってきた。短いくせに宿題の量は多い。朝からずっと宿題と闘って、疲れた僕は、少しの間部屋でボーッとしていた。そこにすかさず母の声。
「宿題が終わらないと、遊びに行けないからね。」
まるで脅迫状が送りつけられたような気分だ。これって、虐待じゃないのかと、心の中で文句を言いながら聞き流す。すると、僕の態度が気にくわなかったのか、キレた母が大声で罵声をあびせてきた。正直言うと、母の怒りようが少々恐かったのだが、ここで引いては……というなぞの精神が働いた僕は、うっかり母に反抗をしてしまった。反抗――それは、家出をすることだ。詳しく説明すると、僕は二つの行動を起こすことになる。
一つは、薄暗くなってから部屋を抜け出すことだ。そして、コンビニへ行き、カップラーメンを買って食べた。家出をして食べるカップラーメンは、なんだかいつもとは違う感じがして、妙にうまかった。が、同時になぜか、今夜母が作ると言っていた豚のしょうが焼きのことが頭に浮かんできた。一瞬、心がひるんだが、とんこつ味のラーメンもしょうが焼きも同じ豚じゃないかと自分に言いきかせつつ、めんをすすった。世紀の家出中なのに、母の料理が頭に浮かぶなんて……、そんな自分にいらいらしながら、遂に僕は公園で眠ることを選択した。それが二つ目の行動だ。その日の空は曇っていて、月もご機嫌がよろしくないようだった。しっかりと目をつぶり、ベンチに横たわって眠りに落ちるのを待ったが、なかなか夢を見ることができないでいた。代わりに、またしてもあのしょうが焼きの姿が頭に浮かんできた。言っておくが、母の姿が思い浮かんだわけではない。
どれほど時がたっただろうか。未だに眠れない僕は、何度も何度も硬いベンチの上で寝返りを打っていた。夏とはいえ、夜になると気温は下がってくる。僕の体も頭もだんだんと冷えてくるのを感じた。その頭で考えたこと。さすがにこのままだと補導されるのではないか、中三の大事なときに。真っ当な考えができるようになった僕は、すぐに行動を起こした。家に帰るという、勇気ある行動に出たのだ。帰りながら考えた。受験生が家出をして補導されたら、どうなるのだろう。原因は親との口げんかだと説明するのも恥ずかしい。友達にばれたら、かっこ悪いななどと考えているうちに、家の玄関前に立っていた。
僕が帰ったら、家族は、特に母は、どんな反応をしてくれるのかなと、どきどきしながら鍵を開ける。できるだけ音を立てないように気をつけながら。家に入ると目の前の時計は十一時を過ぎていた。いつもならみんな寝ている時間だ。リビングに明かりがついている。そして、なぜかとてもいい匂いが漂っていた。と、するりと奥から出てきた母が、
「初家出、おめでとう。」
と言いながら、満面の笑みを浮かべて僕を迎えた。
「今、何時だと思ってるの。」「今までどこで何をしていたの。」などという言葉を覚悟していたため、腰がくだけそうになってしまった。と同時に、僕の心を見透かされていたようで、少々腹立たしくなり、もう一回家出してやろうかという思いも芽生えた。が、エアコンの風が玄関まで心地よく流れて、僕の行動を引き止めた。温度調整をミスしたくらい冷えた部屋の中で、なぜか胸の奥は温かく、つい口から「ただいま」という言葉が出た。その日のちょっと遅い晩ご飯は、やっぱり豚のしょうが焼きだった。いつもより少々塩味の効いた味が、僕の胃袋を満たした。
翌朝、勇気を出して母に昨日のことを聞いてみた。
「心配も何もしていなかったよ。帰ってくるってわかってた。だって、うちの子だもの。」
そう言って笑う母に、僕は何も返す言葉がみつからなかった。テーブルには、おいしそうな朝ご飯が並んでいる。当たり前の光景が、何だかちょっとうれしい。よし、今日から、反抗するペースを今までの半分にしてやろう。ご飯をかき込みながら、僕は心の中でそうつぶやいていた。