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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2020年度 第56回 受賞作品

福岡県知事賞

人生の証

久留米市立   田主丸中学校3年林田 美智子

 「ごめーん、みっちゃん。今日お父さんとばあちゃん家に手伝いに行ってくれる?」
伸びやかで聞き慣れた母の声。何のことかと考えを巡らせ、答えを見つけ返事をする。きっと間違ってはいないはず。
「んー、いいよー。柿やろー?」
――柿。"秋といえば?"と街頭インタビューしても、きっと五、六番目に出てきそうなもの。母方の祖父母はフルーツを育てている。夏は桃。秋は栗と、そして柿。
 母は私の答えを聞いて「そうそう。」と頷いた。そして私に帽子と軍手と昼食のおにぎりを父と私の二人分持たせる。いつもは母と父が手伝いをしに行くのだが、今日は妹の学校行事で代わって私が出向かなければならない羽目となった。『母の代わり』というバトンを、先程母が持たせた三点セットとともに受け取って車に乗り込んだ。何だか代打で出る野球選手のような気分だった。
 車窓から入り込んだトゲのない穏やかな空気と、日曜日お決まりのラジオ、窓の外に目を向ければ果てしなく広がる田園風景。父の
「気持ち良いねぇー。」
という言葉に相槌を打つ。秋を彷彿とさせる目や鼻、耳から飛び込んでくる何もかもに、私はあまりの心地良さを感じ目を瞑って眠りにおちた。
 はっとして目を開ければ、どこか懐かしい風景が広がっていた。――祖父母の柿畑だ。
 車を出て、胸いっぱいに空気を吸い込む。目の前には何百本も植わっている柿の木が私を見下ろすように立っている。そこには朱色の柿の果実が実っていた。
「わー、めっちゃいっぱいある。」
小学生以来に訪れた柿畑は私に「久しぶりだね。」とささやいているようだった。すると母と感じのよく似た祖母が手を振って歩いて来た。私と父も歩み寄る。
「みっちゃん久しぶり。」
目を糸のように細めて祖母が笑う。祖母の太陽のような笑顔を見ると私も自然と笑みがこぼれる。
「今日はね、お母さんの代わりで来たっちゃん。」
「そうなとね。じゃあ、日が暮れる前にいっぱい手伝ってもらおうかな。」
そう言って祖母は私と父に専用のハサミを渡した。刃先がナイフのように細く鋭い。それを受け取った私は剣を持った勇者のようにますます手伝いを全うしようと決意を固めた。
 祖母の指示に促されるようにハシゴによじのぼる。見上げていた木々と同じ背の高さになり、すぐそばにあった柿に右手を伸ばし左手に持ったハサミで切る。パチンとはじけるような軽快な音がくせになりそうだった。
「ばーちゃん、取れたばーい。」
ハシゴをおりて取れた柿を祖母に見せた。手のひらの大きさで、ずっしりと重みのある柿には命がふきこまれているようだ。群青色の頭上の空と手元にある太陽のように赤く染まった柿――コントラストが美しい。
 祖母は私の手から、その柿を受け取ると様々な角度から見るようにじっくりとにらめっこをする――まるで美術品の鑑定士のように。
 そして――。
「うーん、ここにね、キズがあるやろう。これは商品として出せんけん、捨てないかん。」
思っていたことと裏腹な答えが祖母の口から流れ出た。指で傷をさしながら、祖母は私の手に戻した。ぽかぽかとあたたかく、まめや皺が入った手。それは祖母の苦労や愛情、思い出、すなわち「人生」が刻まれているようで、キリキリと胸が痛んだ。こんなにも、こんなにも、私が知らないところで私が思っている以上に手間をかけて作っている――それなのに苦労と出来映えはうまく比例せず、もどかしかった。祖父母の人生が注ぎ込まれた柿。私は容易にその場に捨てることができなかった、できるはずがなかった。さて、この柿をどうしようかと頭で考える前に、反射的に私の口が決断を下す。
「――ばあちゃん、これ食べてみてもいい。」
小さな傷が表面に刻まれているだけで中身に支障はないはず。祖母は顔をほころばせ、果物ナイフで皮をむき、均等に切り分けてくれた。私はその一ピースを口の中に入れた。
「あまっ。」
みずみずしく、甘い。そして、ほっこりと心があたたまったようだった。これが祖父母の人生を含んだ味だと思うと、喜びと幸せとすぐに形がなくなってしまう儚さを感じられずにはいられなかった。
「これ全部食べてしまったら、ばあちゃんとじいちゃんの人生の証がなくなってしまうくない? 何かもったいない。」
私の素朴な言葉によりそうように祖母は言った。
「大丈夫。皆が食べてくれて、おいしいって言ってくれるだけで、ばあちゃん達は報われるし、もっと頑張ろうと思えるとよ。」
腑に落ちる答えだと私は聞きながら思った。
 平凡な私にも努力を重ねれば、いつか人生の証が実るだろうか。

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