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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2020年度 第56回 受賞作品

福岡県知事賞

初心という原動力

行橋市立  泉小学校5年井ノ口 和音

 ドアを開けた瞬間、ゆっくり、深く、呼吸を整える。目の前には鏡張りの壁と空気中にただよう緊張感のある匂い。「よし、今日も踊ろう。」私の中のもう一人の私が動き始める。
「お母さん、私、本気でバレエを学びたい。」
一年前の十二月の終わり、十歳の私は言った。この言葉を伝えるためにかかった時間は数カ月。絶対に笑って受け流して欲しくない。私は本気だ。だから本気で伝える。
「初めてね。和音から何かに挑戦したいと言ってきたの。それくらい本気なんだね。」
母は表情一つ変えずにそう言うと、どこかに電話をかけ始めた。「え?それだけ?」反対されることを覚悟していた私の手は少し震えていた。しばらくすると母から、
「年が明けてすぐにバレエスタジオの見学に行くよ。学んできなさい。」
私が本気の思いを伝えるために数カ月かかったのに、母は数分で行動を起こした。母親ってやはり強い。何でだろう。でも、受け止めてくれた。私の思いが通じたあの日のことは忘れない。きっとこれから、あの日の嬉しさが「初心」という大切な気持ちになる気がしているからだ。
 冷たい空気の十二月。バレエを習い始めて一年が経とうとしている。
「おはようございます。」
スタジオに入ると必ず交わされる挨拶。昼でも夜でもレッスンではこの挨拶を交わす。私はこの「おはようございます。」の一言で背筋がさらに伸びる。三歳ごろからバレエを始める人が多い中、十歳でバレエを始めた私は、遅いスタートだったので、バレエ用語を覚えることや動きを理解することが本当に大変だ。レッスンが終わると、指導を受けたことを忘れないうちにノートに書いていく。バレエ用語の本を片手に、頭と体に覚えさせていく。それから、その日の学校の宿題をする。高学年の学習内容はだんだん難しくなってきて、時間がかかってくる。おかげで、バレエで覚えた内容を忘れてしまう。レッスンノートと学校の教科書の見直しの繰り返しだ。眠たくてイライラしてしまうこともあった。でも、こうなることは覚悟していた。勉強もバレエも絶対に中途半端にしたくない。本気の思いが通じたあの日、私は心に決めていた。
「この子は努力する子です。」
バレエスタジオの見学にきた親子に私を紹介するとき、先生が言った。今年は新型コロナウイルスの影響で発表会もできず、私はまだお客様の前で踊った経験がない。それでも日々のレッスンに真剣だったので、先生の言葉は、のどの奥がちくちくと痛み始め泣きたくなるほどの嬉しさだった。とても上手な先輩たちの踊りを見ていると、そこにたどりつけるのか不安になることもある。そんな時はあの時の「初心」を思い出し、私はこれからもずっとバレエを学び続けたい。

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