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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2020年度 第56回 受賞作品

福岡県知事賞

私とおせちと祖母の思い

福津市立  福間中学校1年毛利 実沙紀

 私は、毎年お正月になると悩みごとが出てくる。それは、祖父母の家で食べるおせち料理である。毎年、このおせち料理が苦痛なのだ。正直、おせち料理を食べて「おいしい」と思ったことがない。料理を食べる前には、苦いおとそを飲まされるし、おせちは豪華ではあるが、自分が好きなものが入っているわけでもなく、三日間ぐらい続くおせちに飽きてくる。
「普通でいいじゃないか。」
と、いつも元日になると思うのだ。また、おせちだけではない。親せきの人たちと集まってしているもちつきは、楽しくておいしいもちもできて良いものだが、このもちがまた大きくてなかなか全部食べ切れないのだ。これだから、毎年の正月は飽き飽きなのだ。
 しかし、その不満をぽろっと祖母に話すと祖母の考えは私の考えとは真逆だった。
「おせち料理はおいしいのよ。」
「お雑煮のおもちは、味がしみこんでいておいしいのよね。」
と、私にはさっぱり分からないことを言っていた。去年の正月のときも、その前も我が家では祖母がおせち料理を作っている。
 去年はため息をつきながらおせち料理の前に座っていた。私が食べる料理も決まっていて、栗きんとん、伊達巻、紅白かまぼこくらいで、あとは何も手をつけない。お雑煮もあまり食べる気にならず、汁が冷めるまでのろのろと食べていた。食べ進めていく妹たちを見て、
「よくこんなもの食べられるな。」
と思った。家族は、おせち料理に全然手をつけない私を見て、
「食欲が無いの?」
と心配そうに尋ねてくる。毎年心配してくれてありがたいのだが、そろそろ気づいてほしいとも思ってしまう。気持ちが全く明るくない私に、祖母は声をかけてくれた。
「おばあちゃんみたいに、おせち料理を作る側になったら、おいしいって感じることができるかもしれないね。」
祖母は私がおせち料理に、あまりいい思いをしていないことに気づいていたのだ。でも、作ったからといって気持ちが変わるとは思えなかった。
 今年のお正月は、いつもより目覚めが良く、良い朝を迎えることができた。このとき、去年の祖母の言葉を思い出した。ちょっとやってみようかなという思いが出てきて、急いで台所に行ってみた。そして、私も祖母の隣に立ち包丁を握った。大根とにんじんを切って酢と砂糖を混ぜて作った紅白なますは、さわやかな匂いがした。大好きな伊達巻は、細かくしたはんぺんに卵や砂糖を入れ生地を作り、フライパンで焼くと甘い香りがした。鮭を昆布で巻いた昆布巻きは、かんぴょうで結ぶのが難しかった。サツマイモをつぶしてシロップを混ぜて作った栗きんとんはキラキラ輝いて見えた。初めての経験、知らなかったことばかりで、すべてが新鮮だった。祖母はずっと笑顔で優しく教えてくれた。祖母からもっとたくさんのことを教えてもらいたいと思った。
 料理が出来て、みんなでおせち料理を食べた。今年のおせち料理はすごくおいしかった。去年とはまるで違い、味がないように感じたお雑煮もいつも以上においしくて、おもちも柔らかくて、私の体全体を包みこんでくれるような温かさだった。去年まで「おいしい」と感じたことがなかったおせち料理とおもち。今年はいつもと違い、朝から頑張って作ってよかったと思った。また、毎年手をつけてこなかった料理に初めて手をつけたがとてもおいしかった。のろのろと食べていたおせち料理とお雑煮は、妹たちと一緒に黙々と食べ進めた。
 気持ちが良い私のところに祖母が話しかけてきた。
「今日はありがとう。ところで、おせち料理の食べ物にはそれぞれに意味があることは知ってるの?」と聞かれたが、知らなかった。家で調べてみると、健康や長生きを願うなどたくさんの意味がそれぞれの食べ物にあることを知った。つまり、祖母は家族のことを思って料理を作っていたのだ。
 今年のお正月は、いつもと違って祖母の思いを知って、祖母への感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。祖母にほめられて、おいしいと思ったことのなかったおせち料理とおもちはすごくおいしかった。元日も普通でいいと思っていた私の気持ちはすっかり変わって、元日は特別だからいいと思うようになった。今年のお正月はすごく充実したお正月だ。

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