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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2019年度 第55回 受賞作品

RKB毎日放送賞

八女市立  見崎中学校3年岩永 幸愛

 どんな空を見る。雲一つないあっさりした空か。雲で埋め尽くされたどんよりした空か。大雨で見上げることのできない空か。キツネの嫁入りと呼ばれる晴れているのに小雨が降る空か。
 早朝。目が覚めた私は台所へ行った。すると台所の大きな窓が橙色に染まっていた。急いで外へ出ると真上の空は真っ黒なのに、東の方は橙色だった。とても美しかった。
 昼。散歩をしている時、ふと空を見上げた。大きな飛行機雲が広がっていた。端の方は薄く消えかかっていた。とても迫力があった。
 外に出ない日は、カーテンの隙間から差す光が壁の一部を白く輝かせた。そんな時は部屋にいるのも楽しい。
 たまに見る夕方の空。それは作りかけのわたあめのようにふわふわした薄い雲。奥で淡く光を放つ太陽。きついことがあったとき、落ちついた気持ちにしてくれる。
 それは、雨が止んだばかりで、どこを見ても雲しかない空。どこを見ても雲で埋め尽くされているのに、ポッカリと少しだけ穴があいていた。その穴から見える青空は、いつも以上に見惚れた。
 それは、まるで渚のように、押し寄せる白波のような雲が浮かぶ空も、とても捨てがたい。空のはずなのに海を見ているみたいだ。八女に海なんてないのに。
 それは、地球がどうにかなるのではと思うほど、桃色に染まる空。不安になるくらい桃色なのに、どうしてあんなにも魅力的で、目を奪われるのだろう。
 夜、冬だと真っ暗だが、夏だとまだ明るい時間。青い空の大きな雲が夕日を半分隠して輝いていた。まるで天使でも舞い降りてくるかのように綺麗だった。雨が降った後、大きな水たまりに、そんな空が映ったときは、とても最高だった。私はもう一度でもその風景を見ることができれば、日が沈み、暗く何も映らなくなるまでずっと眺めていたい。
 夜中。親と出掛けて歩いて帰るとき。とおりの家はもう真っ暗だ。街灯がポツン、ポツンとあるだけ。人が誰一人居らず、静かにただただ歩くだけ。だがその時間が私は大好きだ。人がいない、真っ黒な世界、異世界に来てしまったのかというほどゾクゾクする。このままこの暗い所を永遠と歩きたい、ボーっとしているうちに家についてしまう。違う世界から現実へ引き戻された気分になるのは何故だろう。
 そういえば小学生のとき、鉄棒やブランコが大好きだった。鉄棒に身を任せ途中で止まってみると、下には青い空が広がり、上には黄土色の土が広がる。ブランコは、漕げば漕ぐほど、ふわっと上に上がる。少しだけど空に近づけた気分になった。このまま何処か遠くに飛んで行けそうな気がした。鉄棒もブランコも、とても不思議だった。その不思議な感覚が大好きだった。きっと私は単純だ。
 いつも空を見ている私。でももしかしたら見ているのは私だけではないかもしれない。空ももしかしたら私を見ているのかもしれない。私が笑っているとき、泣いているとき、いいことをしているとき、悪いことをしてしまったとき、全部見ているのかもしれない。
 私が大泣きしているとき、たまたま空を見上げると、雨が降り始めた。大雨になった。これはきっとたまたまだろう。でも、
「つらかったね」
と一緒に泣いてくれている気分になる。
 それとは逆に、私が嬉しい気持ちのとき、空は真っ青だった。雲一つない、すっきりした空だった。空は私に、
「よかったじゃん」
と祝ってくれているように感じた。
 私がいいことをしたとき、
「偉い偉い」
とその日一番の空を見せてくれる。
 またそれとは逆に、私が悪いことをしてしまったとき、
「やっちゃったね」
とショックを受けているかのように、どんよりとした暗い空になった。
 でも私が何もしていないのに、大雨になったり、真っ青な空になったり、特別な空をしていたり、暗い空をしたりしているときは、
「あー今日は私じゃない、この地球の誰かを見守っているんだな」
と勝手にいつも私は思っている。
 だがいくら願っても、同じ空は二度も見ることができない。瞬きをする一瞬一瞬でも変わってしまうから。やっぱり今思い出せるのは、あの頃の空だけ。
 いつもいつも違う空。変わっていく空。明日も違う空を見たい。
 今どんな色をしているの。今どんな輝きをしているの。元気にしているの。

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