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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2018年度 第54回 受賞作品

福岡県教育委員会賞

道を選ぶ

糸島市立  前原西中学校1年舞田 優樂

 「三者面談の日程が決まったのなら、早く教えてよ。仕事を休まないといけないから。」と兄が母に叱られていました。
 私の兄は今、中学三年生です。二学期が終わろうとしているころ、いよいよ進路決定に向けての三者面談が行われるそうです。まずは私立高校の受験が先に行われるので、その三者面談では私立高校の受験校を決定し、願書の下書きまでするということです。まだまだやっと中学校に慣れ、楽しくなってきた私には全く実感のないことなので、まるで他人事のように感じています。
 三年生になったころから父も母も、もちろん本人もだと思いますが、学校のテストや塾のテスト、模擬試験の結果にとても敏感になっています。「行きたい高校」「行ける高校」「行ってほしい高校」全てが同じであれば、きっと「高校受験」という出来事はたいしたことではないのかもしれません。「絶対行きたい高校」があるわけではないし、「絶対合格する高校」があるわけでもないし。でも、親が「行ってほしい高校」はあるし……。だから難しいのかなと思います。
 スポーツ等で特別に優秀な成績を残したとか、才能や身体能力が高いとか……。そういったものが兄にはないので、ただ地道に勉強をしていますが、とりあえず「高校に入学すること」を目標にして勉強しているのかなと思います。
 三者面談が近づいたころに、兄が「公立高校の志望校を変えたい」と言い始めました。両親も納得がいかないようでした。なぜかラグビーのチームメイトや保護者の方も「変えない方がいいよ。」と同じように思っているようでした。両親が納得していなかったのは、志望校を変えることについて、兄の考え方がしっかり筋が通っていなかったからだそうです。絶対反対なのではなく、どうしてその志望校に変えたいのかを納得できるだけの説明ができなかったようです。
 今、三学期が始まろうとしていますが、やっと兄の「行きたい高校」が決まったようです。そして両親の「行ってほしい高校」も同じようです。あとは「行ける高校」にするために、タブレットをさわる時間を減らして、塾や家で今まで以上に勉強しているようです。
 私が六年生のころ、北九州の私立中学校から「うちの中学校に来て、ラグビー部に入りませんか。」というスカウトの話がありました。通学できる距離ではないのと、まったく知らない人ばかりの中学校へは行きたくないので断りましたが、私が自分の進路について、選ぶということをしたのは、この時が最初かもしれません。「高校生になってもラグビーを続けるのなら、またそのときは考えてくださいね。」と言われました。ラグビーチームのコーチからも、「進路をしっかり考えなさい。」と言われています。まだまだ実感もないし、先の話だと思っていましたが、兄の姿を見たり、周りの人から言われたりしていることを考えたら、進路の決定は、なかなかすぐにできないし、達成するための努力にはもっと時間がかかるからなのだなと思い始めました。
 中学生になり、中間テストや期末テスト、部活動に地域貢献活動など小学生のときとは全然違う生活を送るようになりました。いくつかの小学校出身の人達が集まっているので、本当にいろいろな友達がいます。本当にいろいろな先生もいます。中学一年生も四分の三が過ぎ、その中でいろいろなことがありました。もちろん楽しいこと、初めてでワクワクすることもたくさんありましたが、もめごとや周りに不信感を抱くこともありました。しかし、一つ一つ解決し、今楽しく冬休みを過ごしています。
 今の自分が今までのいろいろな出来事を通して存在しています。今でも覚えているほどの嬉しいことや悲しいこと、すっかり忘れてしまっている小さなこと……。ということは、これから過ごす時間の全てが、また自分を良くしたり、変えたりするはずです。無意味な出来事や無駄な時間は何もないということではないでしょうか。
 私は、兄がいろいろなことを先に経験してくれるので、その姿を見て、少し早めに考えたり、準備したりすることができました。まだ七歳の小さな弟が、同じように私の背中を見て、ついてきているかもしれないと思うと、少しだけ背筋がピンと伸びる思いがするし、姿を見られてもはずかしくない自分でいなければいけないなと思います。
 高校受験だけでなく、これから何かを選んで進んでいかなければならないことがたくさんあると思います。必ずしも大人の意見が正しいとも思えません。そんなとき、しっかりと筋の通った自分でいられるように、また、自信をもった選択ができるように、日々の生活を充実させたものにしたいと思います。

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