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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2017年度 第53回 受賞作品

福岡県教育委員会賞

「私の祖母」

久留米市立  田主丸中学校3年井浦 くるみ

 「おばあちゃん。」

と呼んでも返事が返ってくることはありません。私の祖母は耳が聞こえないのです。聞こえないというのは、年齢を重ねていくうちに聞こえづらくなるのではなく、全く音が聞こえない、つまり耳が不自由という障害を持っているのです。

 祖母の障害について知ったのは、まだ幼く保育園に通っていた頃でした。ある時、私の父と祖母が手を使って手遊びのようなことをしているのを見て何しているのだろう?と疑問をもちました。父に聞いてみると父は、

「これは手話だよ。手話は耳が不自由な人と手を使って会話をすること。おばあちゃんは産まれてまもない頃、高熱を出して、鼓膜が破れたせいで耳が聞こえなくなったんだよ。」

と、幼い私に教えてくれました。

 私は全く手話ができず、祖母に上手く気持ちを伝えることができませんでした。気持ちを伝える難しさをとても実感しました。そんな手話ができない自分が嫌になり父に、

「私も手話できるようになりたい!そしておばあちゃんと楽しく会話したい!」

と、私の気持ちを強くぶつけました。すると父は、

「手話じゃなくて、ジェスチャーでも伝わるよ。」

と言ってくれました。それまでの私は、手話でないと祖母に伝わらない、手話でないと分かってくれないと思いこんでいました。言われたとおりジェスチャーを取り入れてみると、伝わったらしく、うなずいてくれるようになりました。

 今は、手話やジェスチャーを使って祖母と話をするのがあたりまえになっています。介護施設にいる祖母を訪ね、「おばあちゃん。」と呼んでも気づかないから、そっと肩をポンポンとすると、ふりかえり、少し驚いたような表情を見せ、嬉しそうに微笑みます。私はその笑顔を見るたびに嬉しくなります。

 介護施設に居る祖母と話していると、たまにこちらをジーッと見てくる人もいます。見てくる人の中には本当に伝わってるの?というような表情で見てくる人、大変そうという表情で見てくる人がたくさんいます。今思うと私も幼い頃そう思っていたのかもしれません。でも伝えよう、伝わってほしいという気持ちが強ければ強いほど祖母も分かってくれるのです。

 障がい者と聞いて悪いイメージをもつ人が多いかもしれません。しかし、皆同じ世界に生まれ、住んでいる同じ人間です。一人一人の個性があり、一人一人得意・不得意なこともあります。その個性を否定する人がいるから差別や偏見はなくならないと思います。「障害があるから」という理由で現在は育児放棄をする親が増えてきているという世の中の現状にとても悲しく思うし、悔しいです。

 私の身近に障害をもっている祖母がいたからこそ、考えさせられることがたくさんあります。小学生の頃から学びはじめた人権学習でも障害のことについての話をきいたり、体験したりなどの場面もありました。そこでは身近にいる祖母のことを考えることで、人権をより深く学び、人権学習をより大切に受けようという気持ちが現れました。

 祖母にとってのあたりまえと私にとってのあたりまえは全く別のものだと思います。私は声に出して言葉を発し友達や家族と話をしますが、祖母にはできません。もし、祖母が初対面の人と話したくてもその相手が手話を知らないと会話ができません。私は祖母の気持ちが分かるわけではないけど、私が祖母の立場になったら、自分は手話で気持ちを表現しているのに、相手には、理解されていないと思うと、悲しい、寂しいという感情で押しつぶされるかもしれません。それなのに、いつも笑顔で場の雰囲気を明るくしてくれる祖母は強い心をもってるんだと思います。

 私達は、これからたくさんの人と出会い、交流していきます。その中には国が違ったり自分とは全く違う趣味をもっている人もいます。だからこそ、伝わらないから、どうせ分かってくれないからと、そこであきらめるのではなく、どうやれば伝わるか、自分には何ができるのかをよく考え行動にうつすことが大事だと思うので、行動にうつしていき、何事にもあきらめず祖母のような、強い心をもって生きていきたいです。

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