2017年度 第53回 受賞作品
福岡県教育委員会賞
私のシーラカンス
福岡市立 三苫小学校5年久保 信乃
「はい牛乳。シーラカンスさあ。」
頭の上でいきなり大きな声がして、目の前にドンと牛乳が置かれた。あまりにとつ然で、ビクッとなった。給食の配ぜんの時間。私はとなりの席の中村さんのおしゃべりを聞きながら待っているところだった。私は、声の方を見上げるだけで精いっぱいだった。
当番の白衣を着た原口君だ。原口君は野球をしていて、体が大きく、力も強い。口数は少ないが、男の子どうしで大さわぎしているのを見ることもある。私と正反対のタイプ。これまで話をしたことは全然なかった。
「シーラカンスすごいやん。いやあ、あれ、めちゃすごいよ。 どうしたら思いつくん。どうやってあそこまで作れたん。」
図工の木版画の授業。テーマは自由で、今年は多色ずりだと先生が説明した。深海生物が好きな弟が喜ぶかなと思い、難しそうだったけど、私はシーラカンスをモチーフに選んだ。どうやらそのことらしいと分かった。
「あのうろこ、全部ほるの大変やったやろ。どんぐらい時間 かかったん。」
原口君はニコニコして、でも、返事をする間もないくらい一気に話しかけてきた。私はその勢いにどうしていいか分からなかった。そして、耳までカーッと熱くなるのを感じた。
原口君はこんなに話す人だったっけと思った。「私のシーラカンスを細かいところまで見てくれたんだ。」「ちょうど体調が悪くて、たくさんのうろこをほるのは大変だった。」「うろこのことをほめてくれてすごくうれしい。」「すごいねって素直に伝えてくれて、とてもうれしい。」いくつもの気持ちがあふれたが、私は何も言えず固まってしまった。
「久保さん、あんまり話さんね。話すの好きじゃないと。ま た話そうや。」
くるりと向きを変え、原口君は去っていった。
「びっくりしたあ。あんなにほめるところ、初めて見たねぇ。」
笑いながら中村さんが言った。
「私も。あんなに話すと思わんかった。」
どうして正反対と思って、私とは合わないと決めつけていたんだろう。でも、この数十秒で友達になれたように感じた。
「手を合わせてください。いただきます。」
日直があいさつの号 をかけた。目の前に置かれた たい牛乳をゆっくり飲むと、顔に集まった熱がすうっと引いていくようだった。それと反比例して、あたたかい気持ちが、胸の中に波のように押しよせてきた。
これからは、もっとみんなを見て、自分から声をかけよう。そうすれば、だれとでも、いくらでも友達になれそうな気がした。そう思って周りを見回すと、クラスがぱあっと明るく見えた。「原口君に、ちゃんと、ありがとうって言おう。」教室の後ろにはられたシーラカンスを見ながら、心に決めた。