2025年度 第61回 受賞作品
RKB毎日放送賞
拍手
北九州市立 尾倉中学校2年村谷 宗虎
「ご清聴ありがとうございました。」
生徒会長立候補者の演説がおわり、体育館の中は約三秒間の沈黙が走った。そんな中一人の男子生徒が拍手をした。その後、他の生徒、そして先生たちが彼に続き、拍手がわきおこった。その拍手を聞いた生徒会長立候補者は、数秒前の不安な表情から笑顔になっていた。私は驚いた。たった一人の行動から大勢の心を動かすことは難しいと思っていたからだ。彼の行動を見て私は過去のある日を思い出した。
私はその日、父とピアニストのコンサートを見に行っていた。観客はピアニストが曲を弾き終わるまで聴いている。そして弾き終わり、会場には観客の笑みが広がり拍手の音が鳴り響く。なかなかとまらない拍手の音を聞き、幼い私は知ることがあった。それは心から感動したときの拍手はなかなかとまらないということだ。気づいたときには私は拍手をしていた。私は心から感動したのだ。その時、ピアニストと目が合った。ピアニストは満面の笑みだった。
その日、私は拍手をするという行動は、人の心を大きく動かすことができるということを知った。それをきっかけに拍手をするようになった。だがさっきの状況で私はいつ拍手をしただろうか。一番最初に拍手をした男子生徒のように勇敢に拍手をしただろうか。いや、私は男子生徒が拍手をはじめてから彼に続き拍手をしていた。いつからだろうか。周りにいる人が拍手をはじめないと拍手ができなくなったのは。
それは中学一年生になったばかりのころだった。私は初めて中学校の授業をうけたとき、一番に発表した。発表が終わった後、なぜか拍手がおこらなかった。私は不思議な気持ちになった。小学生だったときは発表したら拍手がおこっていたからだ。小学生のときは自然と拍手がおこっていたからなにも感じていなかったが、いままであたり前におこっていたことが急におこらなくなってしまったらとても不安になることを知った。私の次に発表をした人もいたが、私はその人にいつもしていた拍手をすることができなくなっていた。中学生になってこんな出来事が起こり、私は拍手をすることが怖くなった。
私はその日の出来事を思いだした。昔の私だったら先程演説をしていた人に拍手をしていただろう。だが、私は演説者に拍手をすることができなかった。大勢の人がいる中で拍手をすることに恐怖を感じていたからだ。私は恥ずかしかった。他人が拍手を始めないと拍手ができない自分の心が恥ずかしかった。そして、他人の拍手につられている自分の行動に苛立っていた。私は拍手ができるようになるきっかけがなかったか、もう一度過去の出来事を振り返ってみた。
それは中学二年生になって数ヶ月たった日だった。父がお笑い芸人のコントショーを見にいかないかと誘ってきたので、気分転換に行ってみるのもいいと思い、ついていくことにした。父と私はお笑い芸人のコントを見て大爆笑をした。しかし一組目のコントが終わり、私は拍手をすることができなかった。それを見ていた父に質問された。「なんでお前は拍手をしなかったのだ」と。私は言葉が出なかった。なにも言うことができなかった私は注意をうけた。私は二組目の芸人のコントから嫌々ながらも拍手をしていた。そして最後の組のコントがはじまった。その組のコントを見た。その組のコントはとても面白く、会場の人、父と私もふくめて爆笑していた。私はその組のコントが終わったら自然と拍手をしていた。これまでの嫌々な拍手ではなく、本当に自然にしていた拍手だった。それは小学生の時以来の拍手だった。とても心地良かった。
思い出した。きっかけはあったのだ。でもなぜか私はこの日のことを忘れて拍手をすることに恐怖を感じていたのだ。私は急に拍手をすることに恐怖を感じなくなっていた。私は勇敢に拍手をした男子生徒のように拍手をしようと思った。次の立候補者の演説が始まった。私は立候補者の演説を真剣に聴いた。私は演説を聞きながら思い出すことができた過去のことを思った。他人につられる拍手でもいい。その拍手の気持ちが相手に伝わることができればいいのだ。拍手に恐怖を感じて拍手をしないことが良くないことなのだ。だからこれからは、拍手をしようと思った。
「ご清聴ありがとうございました。」演説が終わった。私は一番に拍手をした。その拍手の音は今までのつられてしていた拍手の音よりも相手に敬意が伝わる音が鳴っていた気がした。私の拍手につられて他の生徒、先生が拍手をはじめて体育館には拍手の音が鳴り響いた。私は嬉しくなった。拍手をすることの恐怖から抜け出すことができたのだ。私は演説者の顔を見た。演説者は笑顔で礼をしていた。