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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2025年度 第61回 受賞作品

RKB毎日放送賞

私の名前

福岡市立  照葉小学校6年石橋 音麗

 私の名前は石橋音麗。さあ、ここで皆さんは私の名前を何と読んだだろうか。少し「ん?」と思った人も少なくないだろう。私の悩みはただ一つ。それは「名前」についてだ。
 私の名前は「みれい」と読む。
 病院などで、名前を呼ばれるときに、
「おとれいさん?」
と、別人が出てくることがある。
そのとき、私は、
「みれいです。」
と訂正する。また、インターネットで調べると「おんり」や「おとら」、「ねいろ」などの読み方が出てくる。みれいに近い名前は一切出てこない。そして、文字を打つとき、音と麗を別々に打たないとなかなか出てこない。
 正直に言うと少し面倒だ。私の名前は音が麗しいと書いて、「みれい」だ。確かに読むときに少しつまずいてしまうし、名前を言った後に、必ず説明が入る。だから私はこの名前があまり好きではなかった。しかし、今ではこの「音麗」という名前が少し好きになっている。
 私は自分と同じ漢字の人とまだ会ったことがない。それは、それだけ珍しいということだ。読み方は少し難しいけど、一度言ったら忘れられない、案外、分かりやすい名前のようだ。実際、友達にはすぐに覚えてもらえて、漢字まで覚えてもらえる。
「めずらしい読み方だね。覚えやすいかも。」
 この名前のおかげで友達との会話が生まれたといっても過言ではない。今思えば、名前の後のこの説明は、ある意味、「会話のきっかけになっているんだ。」と、段々、前向きに思えるようになった。
 私のこの「音麗」という名前は麗しい音のように麗しい人になってほしいという願いが込められている。この意味を聞いたとき、私は自分の名前がとても誇らしくなった。なんだかとてもきれいな響きで、悩んでいた気持ちが段々うすれてきた。
 私は、もうすぐ小学校を卒業するが、この学校で過ごした年月の中で、音麗という名前と一緒に少し成長できたと思う。これからも、この名前に込められた願いを忘れずに、自分らしく歩んでいきたい。そうすれば、いつか私もこの名前のような麗しい人になれるのだろうか。
 私にとって名前とは、今までの悩みからこれからの人生を支える大切な宝物に変わった。私に自信をくれる、そして友達との仲をつないでくれる大切な宝物だ。
 さて、この作文はこれで終わりだが、皆さんは私の名前を最後まで覚えていただろうか。私の名前は「みれい」。たくさんの人に覚えてもらおう。

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