2024年度 第60回 受賞作品
福岡県知事賞
ゆっくりでいいから
福岡市立 野間中学校2年石郷 珠理
「障がい者」という言葉を聞いて、人はどんなイメージをもつだろう。「みんなとは違う」、「怖い」、「変わっている」、「何もできない」、無意識のうちに障がい者に対してこう思っている人がいると知り、「イメージって怖い」、「偏見って怖い」と、心の底からそう思った。そんなイメージをもつ人に、とにかく知ってほしい、障がい者について。
「しゅり大好き!」と温かい手で私を包み込みながらいつも言ってくれるのは、ダウン症の叔母だ。世界一笑顔がかわいい私の叔母だ。名前がさちこなので、みんなからは「さっちゃん」と呼ばれており、私は「さちねえ」と少し変わった呼び方をしている。
まず、ダウン症について知っている人はどれほどいるだろうか。私もインターネットで調べるまでは、詳しく分かっていなかった。
通常、ヒトの染色体は、一番目から二十二番目の染色体まではペアになっているのに対し、ダウン症は、二十一番目の染色体が一本多く、三本ある。千人に一人の確率で生まれ、日本では一年間に約千百人生まれているそうだ。ダウン症全員がもっている一本多い染色体は、決して余分な一本ではないと、私はつくづく思う。
母は、三人姉妹の長女で三女がダウン症のさちねえだ。さちねえは、私の祖父母と三人で暮らしており、二年前に近所に引っ越してきた。そして、ついこの間、四十三の誕生日を迎えた。年齢の話になると母がいつも、「もうおばさんだね」と笑いながら言い、「違うからヤメて!!」と怒った口調でさちねえが言い返すという平和なやりとりがルーティンになってきている。
私の家族は、四年前の四月に新しい家に引っ越した。その家には、もし祖父母が亡くなってしまったとき、一緒に住めるようにとさちねえの部屋もある。
さちねえは誰よりも慎重で、丁寧で純粋で、笑顔がとにかく愛らしい。私が変な動きをしたときや、つまらないボケをしたときでも、誰よりも顔をクシャクシャにして笑ってくれる。
それなのにさちねえに対して、苛立ちを覚えてしまうことがあった。
私が幼い頃から一緒にいるせいか、私が中二になった今でも小さな子供のように接してきたり、子供扱いをしてくるとき。とても愛されているのは分かっているのに、どうしても心から喜べなかった。さらに、母とさちねえが話しているとき、自分で判断するのが難しかったり、自分の気に食わないことがあったら黙り込んでしまうところを見て、本当にこれは、「仕方のないこと」なのか、と最悪な疑問を抱いてしまうことさえあったのだ。
その時、父が話していたことを思い出した。
「さっちゃんにね、『さっちゃんは嫌いな人いるの?』って聞いたら、『嫌いって何?』って質問で返ってきたのよ。すごくない。」
頭の中がハテナでいっぱいになった。父も返答がまさかすぎて衝撃だったと言っていた。私もそのエピソードを聞いたとき、当時の父と全く同じ反応だったと思う。どうしたらそんなに磨いたようにツルツルで純粋な心を持てるんだろう、と単純にこう思った。
加えて父はこんなことも言っていた。
「さっちゃんが外を歩くのが遅いのはね、さっちゃんなりに、たくさんの生き物や植物を見て、観察して、自然を感じているからだと俺は思うんだよね……。」
この話を思い出すたびに、私の苛立ちは瞬く間に消えるのだ。
そして、わたしは必ずこう思う。さちねえはただ「ゆっくり」なだけだ。自分で判断するのが難しいときも、黙り込んでしまうのも、少しだけ人よりゆっくりなだけだ。そう思うと、私の中ですべてが解決した気がする。
私がさちねえと一緒にいて毎回学ぶことは、「人には誰でも自分のペースがある」ということだ。それはもちろん私にだってあるし、障がいをもっていようがいまいが、関係ない。そして誰でも自分のペースを乱されるのは嫌なはずだ。
なんとなく、さちねえは自分のペースのコマ的なものが細かいのだと感じる。だから、数ミリ単位でも乱れてしまうと嫌なんだと、私なりに思い至った。
考えてみれば、さちねえの周りの人はいつも笑顔だ。何でか、さちねえの周りの色は、いつも明るい。それに理由なんて必要ないと思う。ダウン症が持っているあの特別な一本の染色体が余分なものなんかじゃない、無駄なものなんかじゃないんだと証明してくれる。
障がいがあると、もちろん大変なこともたくさんある。でもそれ以上に、幸せなことがたくさんあると私は知っている。そして、もっと色々な障がいについて知識を深めたいと思うし、ダウン症の叔母といて、学んだこと、知ったことを、周りにも堂々と伝えていきたいとも思う。「障がい」というフィルターをかける人が少しでも減るように。
そしてさちねえに「ありがとう」と「大好き」を伝えたい。自分のペースでいい、ゆっくりでいい。私は返答を待つのだ。