2024年度 第60回 受賞作品
福岡県知事賞
家族の味
私立 明治学園小学校5年能美 にな
「もしかして、味がおかしい?」
ある日の食事の時、母が言った。
「まあ、いつもとはちがうけど。でも、食べられるよ。」
私はこう定もひ定もしないようにして答えた。
私と母は二人で夕食をとっていた。今日のこんだては大好きなチャーハン。いつもの青いお皿に、いつも通りの量で入っている。いつもなら、私はおかわりをする。でも今日はきっと、すぐに「ごちそうさま」。母のお皿に入っているのは、いつもとはちがう、少しだけのチャーハン。
去年の冬、母はがんと診断された。手術を終え、抗がん剤が始まった。普段よくしゃべる母が青い顔でかべの一点を見つめてじっとしているのは、私にとって『いつもとちがう』光景だった。なんとか私の食事を準備し、自分はベッドにくずれるようにたおれこむ。この日は母の調子が良いので、一緒に夕食をとっていたのだ。
「もしかして、今日だけじゃない?」
と不安そうに尋ねる母に、私は苦笑いしながらうなずいた。抗がん剤治療が始まってから、母の料理の味が変わった。おいしくないという表現は好きではないが、濃くなるでも薄くなるでもなく、ぼやけているような味は、おいしいという言葉からは遠いもののように感じた。抗がん剤の副作用で味覚障害が出ているのだろうと思った。なにより、料理の味よりも『母の味』がなくなってしまったようで、私はさびしかった。でも、自分自身は食欲がない中、治療でふらふらになりながらも母は私の食事の準備や家事など『いつも通り』にふるまおうとしている。そんな母に悟られないよう、私は『いつもとは違う』味の食事を『いつものように』完食していたのだ。
「もう!早く言ってよね。」
母はちょっとおどけた様子で言い、私に背を向けて皿を片付け、それから温めたレトルトのカレーを私の前に置いた。そしてその日を境に、母は料理をすることをやめた。
レトルト食材や買ってきたお惣菜の並ぶ食卓が続いていたある日、私は学校の家庭科の調理実習で、みそ汁の作り方を習った。これだと思った。帰宅してすぐ、近くの市場に買い物に行く。おこづかいで、しゅんの野菜を買った。カボチャや大根、それに人参。体力がない母にも食べられるように、やわらかめにしよう。火が通りやすいよう、大きさや切り方を工夫する。人参と大根はいちょう切り、カボチャはくずれることも考え、少しだけ大きめに切った。できあがったみそ汁を、私はドキドキしながら母の前に置いた。
母は、一口食べてすぐに、
「おいしい」
と言って笑った。味がわからないかもしれないと不安だったが、
「このおみそ汁は、味がちゃんとわかるよ。優しい味がして、すごくおいしい。」
と言い、二度もおかわりをした。
ようやく『母の味』が戻ってきた今も、みそ汁づくりは私の担当だ。今度は二人で『家族の味』をつくっていく。
これからも、ずっと一緒に。