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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2023年度 第59回 受賞作品

RKB毎日放送賞

自然と触れ合う

糸島市立  志摩中学校2年シュワルツ 彩

 休日の朝、日が昇る前によく散歩に行く。たまに山の頂上を目指すが、ライトがないと暗くて危険なのでそのときは少し明るくなってから登る。散歩に行くようになった理由は忘れたが、今は自然と触れ合うのが楽しくて行っている。
 私は、自然と触れ合うと体がスッキリしたり、ものの見方や感性が変わったりすると思っている。自然界への探究心はとても強いもので、小さな昆虫や葉っぱ、小動物、空や海などの大きなものにも目を向けるため視野が広がると思う。
 早朝登山に行くときは早起きに備えて前日は早寝をし、よく眠るために夜は携帯を使わない。すると、自然とその習慣が付いてくるため普段も早寝早起きができるようになってくる。山に登って見る朝陽は美しくて、それを見るために日の出前から行くのだから早寝早起きが苦ではないのだ。
 私は、散歩や登山中によく写真を撮る。後で写真を見返したり誰かに見せたりするのも理由の内だが、一番の理由は、家に帰ってその写真の絵を描きたいからだ。簡単なメモ書きやノートなどに、写真や実際に見たときの記憶を頼りに描く。無理に写実的に描かなくても、自分の感性を表現できればそれで良いと思っている。全ての絵を保管しているわけではないが、自分が描いた風景画を、手元にある分を全て並べてみると、描くモチーフやアングルによって絵のタッチが少し変わっていることに気付いた。こうやって改めて見るまで自分でも気付かなかったが、地面や寺などの建物、岩など静止しているものを描くときは繊細なタッチで描き、空や葉っぱ、昆虫や動物など動きがあるものを描くときは繊細ながらも力強いタッチで描いていた。これは、自分の感性に従って絵を描いたからだと思った。
 しばらく歩くと疲れてくるが、それがまた良い。疲れて、喉が乾ききって飲む水の冷たさは不自然に体に残っても、それまで感じていた疲れは全て忘れてしまう。
 登山をすると季節の移り変わりにも敏感になる。春は色とりどりの花が咲き、不思議な香りが鼻をつく。梅雨の時期は少しぬかるんだ地面に足を取られそうになり、雨が降りそうな匂いを感じると傘を持ってきていることに安堵する。夏は蒸し暑く、少し肌寒いくらいの服装で行っても帰る頃には汗だくになっている。秋は山の木々が赤く染まり、まるで苺のような姿になる。冬は木々の葉っぱも枯れ、いつもより空がよく見える。歩いているうちに体が温まってくるので意外と厚着しなくても良いのが楽だ。季節の移り変わりを五感で感じることができるのは、四季がはっきりしている日本ならではのことだと思う。
 目に映るさまざまな動植物の名前が知りたいと思うのは、自然への好奇心や探究心がそうさせるのだと思う。毎週のように見ているのにその名前を知らないのは、なんだかおかしい気もする。小さい頃見た図鑑を思い出しながら、少しずつ照らし合わせるのも楽しい。
 晴れの日は海までサイクリングすることもある。以前は海とは縁のない暮らしをしていたが、海に近い場所に引っ越してからはよく行くようになった。実際に泳ぎはしないがたまに足まで入って遊ぶので、そういう日はまくりやすいズボンや濡れても良いサンダルなどを履いていく。夏の暑い時期に、涼しさを求めるあまり少し調子に乗って波が膝までくるような所まで入ってしまったときは、少しよろけて派手に濡れたこともあった。波には終わりがなく常に立っているところに神秘を感じる。
 海水に触れる以外にも、波の音を聞いて癒やされたり、砂浜に座ってスケッチをしたりする。海の絵を鉛筆と消しゴムだけで描くのは難しいので、帰って簡単に水彩絵の具で色を付ける。日差しが強すぎない日は長居できるのでよく本を読むが、光が透明の栞を反射して紙に色を付けているのも綺麗だ。
 以前はこのような見方で物事を捉えたことがなかったが、自然と触れ合い、感性を高めることで、こんなにも見方が変わるのかと驚いた。朝陽が眩しいからと閉め切っていたカーテンも開けるようになり、目覚めも良くなった。昆虫や小動物などへの抵抗感も薄れ、少し親近感を抱くようにもなった。なんだか自然を知り尽くしたような気になるが、予測不可能なところも自然の面白いところだ。たとえば、砂浜に手を突っ込んだら中に潜り込んでいた小さな蟹に急に指を挟まれたことがあり、流石に驚いた。家に籠もっている方が楽しいという考えを捨て、思い切って散歩に出かけていろいろな所に行くようになったことで、
「なんだ、家の方がよっぽどつまんないじゃん。」
と、以前とは真逆の価値観が芽生えた。

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