2023年度 第59回 受賞作品
RKB毎日放送賞
求めていたもの
福岡市立 美和台小学校6年渡邊 陽
バットを強く握りしめ、ピッチャーをにらむ。これが最後の打席だ。目から涙がこぼれそうになる。「ああ、これだったんだ。」
ちょうど一年前の冬、ぼくはチームの新体制に胸をおどらせていた。「きっと強いチームになるぞ。」それなのに、突然のチームの解散。チームメイトはみんなバラバラになってしまった。心にぽっかり穴が空き、野球なんてやめてしまおうかとも思った。でもやっぱり野球が大好きなぼくは新しいチームを探すことにした。
チームがなくなったことを知って、誘ってくれた友達がいた。何度か対戦したことのある強いチームだ。ぼくは断った。自信がなかった。試合にも出してもらえないだろう。練習もきびしいと聞いている。ぼくには無理だ。少し遠くにあるできたばかりのチームに入ろうと思った。弱いけど、楽しく野球ができたらそれでいいやと思ったからだ。練習に参加してみた。何かちがう。何かは分からないけど。ここでの練習だけではきっとうまくならないと、家でも一人で練習をした。父はそんなぼくを見て、毎日バッティングセンターに連れていってくれた。その帰り道、父はぼくにたずねた。
「本当にこのチームでいいのか。」
「うん。自分できめたことやけん。」
ぼくのもやもやは続いていた。この気持ちはなんだろう。
ある日、日課のバッティングセンターで友達に会った。前にチームに誘ってくれた友達だ。友達は、その日もぼくを熱心にチームに誘ってくれた。ぼくの心はゆれた。だけど自分で決めたことだ。ゆれながらも練習を続けた。ぼくのもやもやは晴れることはなかった。
いつものバッティングセンターの帰り道、父がぼくにたずねた。
「もう六年生になるし、仮入部じゃなくて本入部にするよ。本当に今のチームでいい。」
しばらく考えてぼくは答えた。
「ヤンキースの体験に行きたい。」
父は安心したように笑って
「行っておいで。」
と言った。
こうしてぼくはヤンキースに入部した。やっぱりヤンキースは練習がきびしいし、みんなうまい。もちろん試合には出られない。でも、もやもやはない。そのかわりにあったのは野球をすることの楽しさと充実感だった。
「こし低くしてとれ。」
「スタートがおそい。」
「バットが下から出よる。」
守備、走塁、スイング。経験したことがないくらいおこられた。でもそれでよかった。こんな環境で野球がしたかったんだ。野球をすることが楽しくてしかたがなかった。ここに入ってよかった。
涙をぐっとこらえる。もう終わりか。バットを強く握りしめ、ピッチャーをにらむ。今までやってきたことを全部出す。ピッチャーが大きく足を上げた。それに合わせてバットを引く。ボールに向かってぼくは力強く振り出した。