2022年度 第58回 受賞作品
全共連福岡県本部運営委員会会長賞
世界一美味しいエール
私立 福岡雙葉小学校6年齋藤 奎音
「おかえりなさい。けいとちゃん、今日の晩ご飯は何が食べ たい?」
優しい笑顔が迎えてくれる。私が玄関を開け、ランドセルをおろすと、祖母は毎日決まってこの質問をする。お料理上手な祖母は、私が幼い頃から、忙しい母に代わってご飯を作ってくれている。台所を右から左に素早く動き、トトトンっと動く包丁の先から魔法のように、きれいにカットされた野菜が生まれる。
私は祖母の手料理が大好きだ。ブリの照り焼き、豚の生姜焼き、ひじきの煮物、わかめの酢の物などなど。たくさんのレパートリーは、どれもお店で食べるものより断然美味しい。中でも、ささみフライは世界一だ。
程よい下味に、薄くまとわせたサクサクの衣、ふわふわの揚げ具合。私がミシュラン審査員だったら、間違いなく星を三つ付ける。
「ただいまあ。」
静かなリビングからは、いつもの明るい声が返ってこない。祖母の部屋に入ってみた。少し冷えたベッドの上で、寂しそうに猫が丸くなっている。
「そうだ。ばぁばは入院しちゃったんだ。」
お正月を迎えてすぐに、祖母は入院した。これから長くて辛い治療が始まると聞き、心配でたまらない。病院は面会禁止で、今度いつ顔が見られるのかもわからない。つないだ手を離して、一人で病院に入って行く後ろ姿を思い出すと、涙が出そうになる。
その日の晩ご飯。元気の出ない私を励ますように、母がそっと出してくれたのは、大好きなささみフライ。どうせ祖母の程美味しくないんでしょと、すねた気持ちで口に運んだ。
「これ、ばぁばのささみフライだ。」
驚いて声をあげた私に
「ちょっとこっちに来てごらん。」
母が、冷蔵庫の扉を開いて手招きをした。大小たくさんのタッパーの中に、様々な料理がきれいに並んでいる。
そういえば、入院前日の夜遅く、美味しそうなお出汁の香りと、トトトンのリズムが、私が眠る部屋にまで届いていた。
「私が寂しくないように、作っておいてくれたんだ。」
私は、小さい頃からいつも、祖母の手料理に励まされてきたことを思い出した。母に叱られた夜は、温かい晩ご飯を食べると、いつの間にか笑顔になれた。何となく学校に行きたくない朝も、握りたてのおにぎりが勇気をくれた。
サクッ。「新学期もがんばってね。」
サクッ。「忘れ物無い?準備しっかりね。」
ひと口食べるたびに、愛情いっぱいのエールが聞こえてくるような気がする。
「今日の晩ご飯は何が食べたい?」
「ささみフライ!」
当たり前の毎日が戻って来ますように。
早くいつもの笑顔が見られますように。
ばぁばからのエールを胸に、小学生最後の三学期、元気いっぱいでスタートするね。
「行ってきます。」