2020年度 第56回 受賞作品
日本農業新聞賞
静かにして
福岡市立 香住丘小学校5年森 奏惠
「奏惠ちゃん、寒くない? 何か上着をはおっとき。」
なぜいつもドラマの大事な場面や考えごとをしている時に限って言ってくるのだろう。
「奏惠ちゃん、寒くない?」
まただ。同じことを何度も言ってくる祖母。心配してくれているのはわかるけど、一日に何回言われただろう。うるさい。
だんぼうはがんがん入っているし、ホットカーペットも強になっている。それでも祖母は何まいもの服を上から着て、ひざかけを二まいもかけている。それにカイロまで。そんなに寒いの?
やっと声が聞こえなくなった。ふり返ったらいねむり中。今のうちに宿題を進めよう。
「奏惠ちゃん、頭が紙と近いよ。」
あっ、起きた!!またはじまった。
「奏惠ちゃん、頭が近いよ。」
確かに近かったかもしれない。でも言われてすぐ直したのに。何でこんなに口うるさいんだろう。
テレビに向かって一人でブツブツしゃべっている。耳が遠いから、とっても大きな声だ。自分が話をしているから、テレビが聞こえないのに、
「どうなった?内容がいっちょんわからん。」
祖母の声が大きいから周りにいるわたし達にもテレビが聞こえない。祖母はすぐに音量を四十五にあげる。大きすぎて頭がいたくなりそうだが、それでも音はとどかないようだ。
「ばぁばは、テレビに向かって返事してやりようと。話し相手になってやりようんよ。」
と、自まん気に言う。
「静かにして。」
と、わたしが言う。静かになった。しかしそれもわずか二、三分。またしゃべりだす。
急に、
「作文って何まい書かんといけんと?」
「三まい書くと。」
「何について書くん?」
「ひみつ、教えない。」
「もしかして、ばぁばの良いところ?」
祖母のことを書いているとわかった様だ。
「良いところではないよ。」
と、母が言った。
「あら、わたしの良いところを書いてちょうだい。たとえば美声なところとかー。」
「えーっ!?全ぜん美声じゃないじゃん。」
祖母の元気で大きな笑い声がひびく。わたしたちも顔を見合わせて一しょに笑った。
祖母は二月で九十才、ご近所さんやお友達に助けてもらいながら、今も一人で暮らしている。
つえがないと歩けないし、とても寒がり、だんだん会話に通やくがいるようになってきている。それでも、あと十年、二十年、口うるさくてもいいから、いつまでも大きな声で元気に笑うばぁばでいてほしい。