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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2020年度 第56回 受賞作品

全共連福岡県本部運営委員会会長賞

いのち

篠栗町立  篠栗北中学校2年山内 菜花

 「いのちをいただけるということは、とてもありがたいことなんだよ。」
私は小さい頃からずっと祖父にそう言われてきた。そんなとき、きまって私は、
「うん。わかってるから。」
と面倒臭そうに答えていた。今思えばあの頃は、「いのちをいただく」ということを理解できていなかったと思う。私が「食」について考えるようになったきっかけは、今から約二年前のことだ。
 私の祖父は、山々に囲まれた島で、牛を飼育している。祖父の仕事は、子牛を産ませ、それを出荷することだ。えさやり、小屋の掃除、わらの日干しなどの仕事があり、朝早くから夕方まで、忙しく働いている。
 今から約三年前の夏休み、私は年の近いいとこと予定が合ったので、祖父母の家に遊びに行くことにした。私は、一年振りの帰省で、何より、小さい頃から可愛がっている「こたろう」という牛に会えるため、心を弾ませていた。
 船に揺られること数時間。やっと祖父母の家に着いたとき、祖父は家にいなかった。祖母に居場所をたずねると、
「じいちゃんは牛小屋にいるよ。もう年だから大変みたい。そうだ、じいちゃんを手伝ってきてくれないかい?」
と私たちに言った。私は長旅で疲れ、ゆっくりしたい気持ちがあったが、祖父やこたろうにも会いたかったので、手伝うことにした。
 牛小屋に着くと、いつも面白くて、陽気な祖父の姿はなく、真剣な目差しで仕事をする祖父がいた。私たちが、
「ただいま。」
と言うと、笑顔で
「おかえり。二人ともよく来たね。」
と言った。その表情は、いつもの祖父だった。
 私たちが作業着に着がえ、牛小屋に入ったとき、
「モー、モー。」
と牛たちが私たちを歓迎するように鳴いた。その中にはこたろうもいて、一気に懐かしい気持ちや、嬉しい気持ちがこみあげてきた。
 その後すぐに作業を始めた。私たちは、固まったとても大きなわらの塊をくわでほぐす作業をした。意気込んでやってみたが、なかなかうまくほぐすことができない。ちょっと疲れて休んでいるとき、祖父が真剣に働き続けている姿を目にした。その姿を見て、私もがんばらなければという気持ちになり、力が湧いてきた。全身に力を込めてかくと、さっきよりも深くかくことができた。全ての作業を終えた後は、すごく達成感があった。
「また来年もじいちゃんを手伝おうね。」
そういとこと約束した。
 それから一年後の春、私のもとに一本の電話がかかってきた。
「プルルー、プルルー。」
音が部屋に響いた。それは祖父からだった。私は受話器をとった。
「元気にしとった?久し振りやな。」
その声はどこか苦しそうだった。
「ごめんな。じいちゃん、もう年やけ、こたろうも、他の牛たちも全部出荷することにした。本当にごめんな。」
私は、何と言ったらいいのかわからなかった。牛を出荷してほしくないという気持ちと、祖父に早く体を休めてほしいという気持ちが葛藤した。でも、祖父の気持ちを考えると、
「そうなんだ。今までお疲れ様。」
私はそう言うことしかできなかった。あんなに大事に育てていた牛たちを自分自身で手放すのだから。本人が一番辛いはずだから。
 それから数か月後、「こたろう」が、牛肉となって送られてきた。私は、そのとき理解した。私たちが今こうして生きていられるのは、たくさんのいのちを犠牲にしているからだということを。私は、どうしても「こたろう」を食べることができなかった。すると母はこう言った。
「こたろうだってあんたに食べてもらいたいんじゃないの。食べてあげようよ。きっと嬉しいはずだよ。」
私はその通りだと思い、勇気を出して一口食べた。それは、今までで一番おいしく感じた。こんなにおいしいのは、祖父が愛情をこめて今まで育ててきたからだと思った。
「いのちをいただく」ということは、何かを犠牲にするということ。また、私たちが今ご飯を食べられるのは決して当たり前ではないということ。それを忘れずに生きていきたい。生きられなかったたくさんのいのちの分まで生きられるように。

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