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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2020年度 第56回 受賞作品

全共連福岡県本部運営委員会会長賞

伝統のバトン

北九州市立  熊西中学校1年高松 さくら

 「さくら、今年は餅つきできんってよ。」
学校から帰ってきた私を見るなり、母はそう言った。
「ええっ。」
私は声を上げ、大きなため息をついた。
 新型コロナウイルス感染症により、私たちの生活は大きく変わった。入学式をはじめ、毎年行われてきた大事な行事が次々と中止になったり、規模を縮小して行われたりした。そして、今年最後の大切な行事もできないなんて。
 私たち家族にとって、親戚のおばちゃんの家で行われる餅つきは一年を締めくくり、来年に向けて気を引き締める、なくてはならない行事なのだ。
「どうしてできんくなったと。」
 私は肩を落として尋ねた。すると、母は重々しく口を開いた。
「実はね、おじちゃんが肺を悪くしてしまってね。今、自宅療養中なんだって。もう八十八歳だから手術する体力もないし、お医者さんには安静に過ごすよう言われたそうよ。」
母の言葉を聞いて驚きと同時に、何とも言い表せない寂しい気持ちでいっぱいになった。おじちゃんの笑顔が私の目にふっと浮かんだ。おそらくおばちゃんも生活が一変し、気を落としていることだろう。
 おばちゃんの家での餅づくりは米を蒸すところから始まる。大きな釜の火加減を見ながら、薪を釜の中に入れる。ここの作業が肝心で、火加減を間違うと米が水っぽくなってしまったり、茶色にこげてしまったりするから、経験と技術が必要だ。だから、この作業はおじちゃんの担当だった。
 母が子供のころは、餅つきはきねとうすで行っていたが、つき手がいなくなり、今は電動の餅つき機を使っている。餅を丸めるのが私と妹の担当だ。昔ながらのやり方で蒸した米は、それはもう絶品で、口の中に広がる優しい甘さや弾力は私の大のお気に入りだ。それに、みんなで手作りした餅は、体はもちろん、心まで温めてくれる特別なものだ。
 餅づくり、続けられるのかな、と不安な気持ちが心をよぎる。新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから、おじちゃんとおばちゃんには一度も会っていない。お見舞いに行きたいが、おじちゃんのことを考えるととても無理だ。何かできることはないだろうか。おじちゃんを笑顔にしたい、と強く思った。
 私たちはおじちゃんの病気を治せないけれど、せめてものお手伝いを、と家族で話し合った。おばちゃんが「おじちゃんの看病で忙しくてね。畑の仕事もそうだけど、野菜の収穫もできてないんよ。早くせんと野菜がだめになってしまう。」と電話で言っていたのを母が思い出した。そこで、おばちゃんに連絡をとって、家族みんなで畑へ向かった。
 畑には、おばちゃん一人で育てているとは思えないほどたくさんの種類の野菜があった。最初に玉ねぎの苗への水やりをした。それから、立派に育った、大根、ブロッコリー、キャベツの収穫をした。まっすぐに美しく植えられた野菜たちからは、おばちゃんの愛情を感じた。私たちは、収穫した野菜をおばちゃんの家の庭先まで届けることにした。そして、お正月用の七福神のお神酒とお見舞いのお手紙を添えておばちゃんに渡した。
「ありがとう。あら、さくらちゃん背が伸びたね。おばちゃん腰が曲がったけ、もう背の高さが変わらんね。」
そう言うとおばちゃんは、ふふふと笑った。おばちゃんの丸い背中が少し小さくなったように感じた。引き戸の向こうにおじちゃんの姿がわずかに見えた。
「もしかしたら、餅つき、なくなってしまうのかな。」
と、妹がポツリと言った。その日の夜、私ができることは何だろうと考えた。高齢化社会、新型コロナウイルス感染症。色々な問題にぶつかる。結局、その日は納得のいく答えは出てこなかった。
 今日まで、形を変えながらも守り抜かれてきた伝統行事や受け継がれてきた巧みな技術。そして築き上げられた文化。これら全てをここで途切れさせたくない。つながれてきた、この伝統のバトンを私が、受け取りたいと思った。そのとき、母がこう言った。
「来年はお餅つきしようね。」
新型コロナウイルス感染症が収束し、おじちゃんが長生きしてくれることを祈っての言葉だ。勇気づけられた。
 私にできること。それは、先代の人々から代々受け継がれてきた行事に進んで参加すること。そして、未来に伝統のバトンを渡し、それらをつないでいくことだと思った。
 来年は、おじちゃんが見守る中、みんなで餅づくりができたらいいな。そう心の中で強く願った。

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