2019年度 第55回 受賞作品
日本農業新聞賞
心の目
私立 明治学園中学校2年道明 奈弓
「どう。だいぶ目立たなくなったじゃろ。」
と広島の祖母は、左頬の傷を指しながら、問いかけてくる。何ヵ月かに一度の母と祖母の恒例のやりとりである。そんなとき、決まって母は、
「薄くなって傷も目立たなくなりよるよ。大丈夫。」
と答える。
祖母は、去年の夏、左頬の異変に気づく。その年に限って、半年以上、私たちと祖母は、会えていなかった。母は、もし会えていたら、もっと早く気づけたのではないか、と後で、すごく悔やんでいた。
久しぶりに会った祖母の左頬には、以前にはなかった五ミリほどの茶黒いホクロのようなものがあった。
すぐさま、私の両親の強い勧めもあり、祖母は個人病院で、左頬の異物を除去し、生検を行った。
結果は、本人と家族が、一番恐れていたもので、基底細胞癌と診断された。
祖母は電話口で、精一杯、明るい声を作り、
「二人の孫じゃなくて、本当に良かった。」
と言った。女の子だから、「顔に傷が残るのは……」という思いから出た言葉だとすぐにわかった。私もつらくて、胸を締めつけられた。
その後、大病院を紹介され、手術となった。
その頃、祖母は、私たちの前ではいつもどおり、穏やかであったが、母の前では今まで見たことのないほど、気弱になっていたそうだ。
手術を受けても、癌を取りきれないのでは、という恐怖、また顔に新しく大きな傷が残るという恐怖、抑えきれない不安と闘っていたのだと思う。
祖母の顔には、右眼の下にも、大きな傷がある。幼いときのものもらいの手術の跡だ。
今回の手術も成功したが、やはり、傷が残った。時間とともに、傷は薄くなるが、完全に消失することは、難しいとのことだ。
術後、数ヶ月、祖母は周囲の目が気になり、外出できない日が続いた。私は、手術をして、すべてが終わりにはならないことを知った。
なぜ、人は、見た目を気にするのだろう。
「人の第一印象は、三秒で決まる」という言葉を聞いたことがある。人は、見た目に左右される。人は、見慣れない物に対し、時に厳しい視線や避けるような態度をしてしまう。そこには、悪意はないのかもしれないが、受ける側は、心に深い傷を負う。
私は、祖母の落ち込む姿を母から聞き、何が自分にできるのかと模索していく中である一冊の本に出会った。表紙のインパクトもさることながら、その笑顔と本の題名でもある「笑顔で生きる」という言葉が、心に響いた。
藤井さんは、幼い頃、顔に海綿状血管腫を発症し、想像を絶するいじめや差別を受ける。つらいことは、誰がなんと言おうがつらい。見た目だけで差別されるなど、理屈が通るはずがない。「誰かがそうやって声をあげないと。」と言う。藤井さんの言葉が強く印象に残った。それは、当事者ではないとわからない苦しみや悲しみだと思う。
私も、生後まもなく、いちご状血管腫を発症した。両親は、心配したが、幸い顔ではなかった。誰にでも起こりうることで、他人事ではないと感じた。
藤井さんの本の中で、私は初めて「容貌障害」という言葉を知った。容貌障害とは、先天性、後天性にかかわらず、けがや病気によって、見た目に問題を抱える人々のことを言う。
藤井さんは、学生時代、成績がよくても「バケモノ」は雇えないという理由で五十社から不採用を受ける。その後、ボランティアの活動を通し、生きる道を決める。医学系の大学で学びなおし、医学博士号を取得し、大学の教壇に立ち、容貌障害に苦しむ人を助けながら、家族会も立ち上げていく。
世の中に、これほどまで多く、容貌障害に悩み、苦しむ人がいることに、私は驚いた。そして、そんな社会は、どこまで苦しむ人たちに冷たくするのだろう。
私たち一人一人が正しい知識を得ることがいかに重要であるのかも、この本を通して学ぶことができた。そして、心の壁を取り払い、見た目に惑わされず、その人にしかないチャームポイントを見つけだせたら、どんなに豊かで、心地よい社会を作り上げることができることだろう。
今、苦しんでいる方々も、下を向いたり閉じこもったりせず、前を向いていこう。「本当に大切なものも見せてくる」という藤井さんの言葉は、強い勇気を感じさせてくれる。
私は、将来、パーソナリティを大切にできる大人になりたい。