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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2017年度 第53回 受賞作品

日本農業新聞賞

自然と共に生きること

福津市立  福間東中学校1年屋 菜乃果

 自然と共に生きていくとは、どういうことなのだろう?私達はこのまま自然環境が破壊されていくのを黙って見ているだけでいいのでしょうか?

 最近、こんなニュースが世間を騒がせました。東京都大田区で猿を目撃したという内容の一一〇番通報が相次ぎました。その中には、小学校近くでの目撃情報もあったそうです。猿の体長は七十センチ程度で、神奈川、東京、千葉と移動を続けており、警察や市町村が注意を呼びかけています。

 私達の住む福津市でも、安心メールなどで、

「猿が出没しているので、登下校の際は注意しましょう。」などの連絡がよく入ります。この連絡やニュースを受けて、なぜ野生動物が山を離れ、住宅地に来るようになってしまったのか、そして、そのニュースを聞いただけで人々が大騒ぎするのか疑問に思いました。

 一昔前までは、民家や施設が森や山の近くにあり、人々は畑を耕したり、川で魚を捕ったりしていました。人々の生活がもっと自然に近かったはずです。動物と出会うことも今よりもっと多かったはずですし、今のように、猿が一匹出ただけで騒ぎになんかなっていなかったはずです。昔の人々は、そんな時にどう対処すればいいのかという、暮らしの知恵を持っていたのではないでしょうか。

 私の祖父母は宮崎県の高千穂町という町に住んでいます。神話の里と呼ばれ、天孫降臨の地として知られている所です。神様が天から降りた所といわれるにふさわしく、神秘的な渓谷があり、豊かな自然が残る場所です。そんな所には、たぬきやいたちなどの野生動物もよく庭にやってくるそうです。祖父も畑で野菜や果物を育てています。ですが、作っていたとうもろこしなどは、山から降りてきたいたちやたぬきなどにほとんど、食べ尽くされてしまう年もあるそうです。田舎ということもありますが、それくらい自然との距離が近い場所なんだと思います。

 祖父からこんな話を聞きました。高千穂でも猿が増え、畑や農作物などを荒し、被害が大きくなっているそうです。そこで、役場から、猿を駆除すると一匹八千円、猪、鹿は一頭一万円が支給されます。しかし、頭の良い猿は銃で打とうとすると、「打たないでくれ。」というように、手をあわせて拝むそうです。

 猿が拝む姿を想像して、私はそのかしこく、かわいらしい姿に笑ってしまいました。それと同時に生きるために必死に命乞いしなければならない、悲しい場面を思い浮かべると切なくなりました。なぜ猿がそんなことをしなければならないのでしょう?

 人間が山や森を開拓し、猿や他の野生動物の住む場所を奪ったのです。野生動物は、何も悪気はなく、ただ生きていくために食べ物を求めて住宅地に近づいているだけなのです。

 今年も帰省で、高千穂の祖父の家に向かう途中、高い山がたくさん見える道を通りました。その山並の中に、不自然に岩肌が見えた山がいくつかありました。それは山の木を切り倒しただけでなく、岩が垂直に切り取られたようになり、灰色の岩肌ががけのように現れていました。あれは一体何だろうと思っていると、道の側に大きな岩や岩を細かくくだいた砂利が山のように積み上げられていました。それを見て、あの岩肌の見えた山は採石されたものだと分かりました。採石するために山のほとんどを切り崩されて、見るも無残な姿に変えられてしまったのでした。そんな山を高千穂に着くまでにいくつも見ました。

 私はあの採石された山を見て、人間が自分たちの利益のために、自然を壊していると感じました。あの山に住んでいた動物たちは自分達のすみかを奪われたのでしょう。そしてすみかを奪われた動物が増えれば、山の食べ物は不足し、やがて人の住む住宅地に来て、畑を荒らしてしまうのも当然のことだと思います。自分たちがやってきた結果なのに、迷いこんだ動物におびえたり、畑を荒らす動物を駆除したりしているのです。

 人間はこれまでの自分達のごうまんさを反省し、自然と共生していくにはどうしたらいいのか考えるべきです。地球に暮らす一人一人が、身近な自然環境をもっと大切にしていかなければなりません。私はまだ中学生で、できることは少ないけれど、自然と共生していく方法をこれからも考えながら生きていきたいと思います。

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