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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2016年度 第52回 受賞作品

福岡県知事賞

中三物語(ありのままに)

久留米市  田主丸中学校3年内山 湧矢

 ーー書こうか。どうしようか。ーー

 僕と班の皆を繋ぐ班ノート。先生と班の皆を繋ぐ班ノート。成長するために、するための班ノート。でも、僕は先生と繋がっているのかどうなのか……。

 十一月。寒空の中を下校する。耳納連山の西の端へと溶けていく銅色の太陽は、薄暗い夜を連れてきた。気味が悪かったが、その方向に自転車のペダルをこぐ。学ランの下のトレーナーの袖を引っ張り出して指を包み、マフラーで鼻と口を覆い自分を消す。自宅に着くと、庭の異変に気付く。昨年の職場体験で苗木園からもらった、若くて緑色が美しい葉と幹をもつ白桃の苗がいつもの場所にいない。コニファーの木が抜かれ、代わりに「木」になりかけていた白桃の苗が植えられていた。昨日まで瑞々しかった葉はしおれ、弱々しくだらしなく立っていた。周りの木々に馴染むことなく。

「いらんことしてから。僕がいない間に。」

心の中の独り言。でも、親には言えないと思った。今日、返された期末考査の答案用紙が見せられる点数ではなかったから。あんなに勉強したのに、三年生最後の定期考査は自分で自分を裏切った。おまけに今日は班ノートを書く順番で、さらに憂うつになった。先生からの前回の返事は、どうせまた問いかけの文だと想像がつくから。

 ーーこのままで良いのか? やるべきことがあるのではないのか? 自覚はあるのか?ーー

 やっぱり「?」が付いていた。ノートの中で、キレイごともずるいことも全ての思いを叫んでも、「?」がやる気をかき消した。友達のページと比べると、僕のページの「?」の登場回数はかなり多い。僕は班の中に、クラスの中にいるけれど、先生はずっと向こうにいて段々と距離が離れていく気がした。

 十二月。その日の体育はバドミントンだった。体操服をまくり上げ、粉をふいた腕に冷たく乾いた空気が突き刺さる。ピーッ。笛を合図にラリーが始まった。しばらくして、

「おーい。」

体育館に聞き覚えのある声が響いた。あのしゃがれたハスキーな声。担任の先生の登場に皆がどよめいた。自前のケースとラケットを手に意気揚々と乗り込んで来た。

「湧矢、やるぞ。」

先生は試合を挑んできた。一瞬たじろいた。ラケットを構え、シャトルを先生の元へ軽く打った。十回程ラリーが続き、それから徐々にスピードが速まり、いよいよ試合モードに突入した。パシッと音が鳴ったかと思うと、もう僕の頭上にシャトルが戻ってきた。僕は負けまいと先生をストレートに狙った。手首のスナップを効かせて。僕は真正面を、先生は左右を攻めた。

 そう言えば、一学期にも同じようなことがあった。剣道部の朝練でバドミントンをしたことがあった。その日、顧問でもない先生がひょっこり現れ、僕の相手をしてくれた。その時は、格上の先生に歯が立たなかった。

 でも、今日は先生のスマッシュに何回も応えることができた。シャトルは、先生と僕の間を何回も往復してくれた。そして、先生は笑いかけた。しかし、どんな顔を返すべきかわからない。残念で冷たい僕がいた。

 その夜、机に向かおうと思ったけれど、やっぱり横になった。そのままバッグのファスナーを開け、手をつっこみ、指先に触れた物を取り出した。音楽のファイルだ。表紙をめくり、目に飛びこんできたのは、「あなたへ」の文字。「湧矢へ」と書いてあるようで、一瞬どきっとした。文化祭でクラス全員で歌った合唱曲のプリントの寂しいメロディーを思い出す。そして、十月の文化祭のころも思い出した。先生は音楽担当ではないけれど、発声方法を教えたり、皆の前でお手本と称して一人で歌ったり、サブリーダーの僕より懸命に指導してくれた。誰もが最優秀賞を狙っていたが、手にすることはできなかった。肩を落として教室に戻ってくると、先生の提案で全員で歌うことになった。腕を組み、皆を見つめる先生。赤くなった目、口角が上下に小刻みに震えた顔を、僕は忘れられなかった。

 それから、また回ってきた班ノートを取り出す。「?」が見える。右手に班ノートを、左手には音楽プリントを。

 そして、合唱曲の思い出の歌詞。

ーーすさんだ心に刺さったのは、意外なやつの言葉だったーー

 二つの文がシンクロする。そして、一つになる。先生からの問いかけ文は、責めている訳でも苦しめている訳でもなかった。見方を変えれば、受験生の僕を励ましているだけだった。鈍感。逆方向に勘違いしていた自分。中学三年生になって八ヶ月が過ぎようとした頃、やっと先生からの応援メッセージに気付いた。

 そして、今日。十二月十日。白桃の苗を見つめる。幹は、沈んだ灰色が消えかかり、赤と緑をまとった新しく細い枝が、空に向かって生えていた。無数の新芽はまだ小さいけれど、これから枝となり、実を付け、ずっしりと成長するのだろう。

 今はまだ、未熟者の白桃の木。中三の僕と同じ匂いがした。

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