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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2022年度 第58回 受賞作品

福岡県知事賞

思い出の味

北九州市立  熊西中学校3年高松 さくら

 新学期。ただいまとドアを開けると、玄関に段ボール箱を見つけた。中をのぞいてみると、大きなやまぶき色のみかんとこぶし一つ分くらいの黄色のみかんがどっさり入っている。こんなにたくさんどうしたのだろう、と私が疑問に思っていると、母が、
「お帰り。そのみかん、おじちゃんが田舎から送ってきてくれたんよ。畑仕事やめた後に植えたみかんの木が今年は豊作なんだって。」と、嬉しそうに話した。私の一番好きな果物はみかんだ。小さくてまあるい形は可愛らしく、食べるとじゅわっと甘さが際立つ。一つ食べてみたら、と母に勧められて、私は大きなみかんを手に取った。ずっしりと重いみかんは、直径十二センチメートルほどで、店頭に並んでいるものとはずいぶん違う。顔を近づけると、爽やかな甘い香りが、鼻をすうっと抜ける。表面に黒い点や小さな傷が残っている分厚い皮は手でむけそうにもなく、私の代わりに母が包丁でむいてくれた。母の手つきを息をのんで見つめていると、丈夫そうな白い薄皮に包まれた、今にもはじけんばかりの実が姿を現した。皿に盛られたみかんを食べてみると、甘酸っぱい果汁が溢れ、わずかに苦みが残った。
「酸っぱくて種がいっぱいあるね。でも、なんだかおいしい。」
と、私は母に言った。このみかんには、種が一粒に四つくらいある。ざっと考えても一つのみかんにおよそ三十個も種があることになる。母もみかんを一粒口に入れた。そして、
「わあ。昔ながらのみかんやね。懐かしい味がする。」
と笑顔をみせた。私には懐かしい味ではなく、初めての味だった。私たちに馴染みのあるみかんは種がなく、甘くて食べやすい。それなのになぜおじさんは、人気の高い品種ではなく、この昔ながらのみかんを育てているのだろうと疑問が湧いた。
 夏休みに入り、おじさんが住んでいる祖母のふるさとへ家族でお墓参りに行った。田舎の山沿いに車を走らせて行くと、田んぼや畑が目の前いっぱいに広がった。曾祖父母のお墓は自然豊かなこの場所にある。地元の人たちにとって馴染みのある風景は、形を変えながらも、変わらずここにある。私は青い空と深い緑に包まれたこの景色が大好きだ。
 お墓参りを終えた後、私はみかんの木を見たいと思った。どこでおいしいみかんが育っているのか知りたかったのだ。そこで、みかんの木がある裏山の近くに連れて行ってもらった。しかし、山は辺り一面草や木で生い茂っており、山の奥まで入ることはできなかった。祖母の話によると、この山にはもともと段々畑があり、さつまいも、小豆などが栽培されていたという。高齢化により栽培ができなくなって数年後、段々畑はすっかり森に還ってしまったのだ。おじさんはその土地の一部を手入れし、みかんの木を植えたそうだ。
 山に入ることができず、残念に思っていると、
「昔、田んぼの近くにもみかんの木があったよ。」
と、祖母が言った。足早に歩く祖母の後について山から少し離れた奥の田畑に向かって歩くと、さあっと心地よい風が吹いた。思わずマスクを外すと、木々や土の匂いがした。澄んだきれいな空気を胸いっぱいに吸い込み小道を歩いていくと、そこに一本の大きな柿の木をみつけた。祖母はその奥を指さし、
「昔はあそこにみかんの木が何本もあったけど、今は道路になってもう一本も残ってないね。」
と話した。この一本だけ残っている柿の木が物語るように、昔は田畑の脇に果実を植えて育てていたのだろう。私はもう一度考えてみた。おじさんがあの昔ながらのみかんを植えた理由を。きっと、あのみかんは、日常の中に当たり前にあったのだろう。そして、家族や親戚で分け合って食べ、季節を感じ、実りを喜んでいたのかもしれない。苦みの残る、甘酸っぱい味は、皆の好物で、変わることなく、ずっと、この地で食べ続けられているのだろう。祖母が、あのみかんは、八朔やぼんたんの品種だと教えてくれた。
 おじさんは、秋になると一人で山に入り、みかんの木の手入れを始める。草刈りをしたり、土に肥料を与えるそうだ。私はおじさんの愛のこもった八朔やぼんたんの木を想像し、いつか見られる日を願いながら祖母のふるさとを後にした。
 どの作物や果物も、きっと作った人の心からできている。そして、根本には、受け継がれてきたそれぞれの思いがあるはずだ。
 おじさんの八朔やぼんたんには、幼い頃から慣れ親しんだ「思い出の味」を未来に伝えたいという願いが込められているのだと思う。私は、野菜や農作物を、ありがたく頂こうと心に決めた。そして、あの美しい里山の風景をずっと守っていきたいと強く思った。

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