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「JA共済」小・中学生
作文コンクール

2023年度 第59回 受賞作品

日本農業新聞賞

情報の向こう側

北九州市立  洞北中学校3年田中 一葉

 お雑煮を口にしようとしたときだった。隣に座っていた祖父が、
「地震や。」
とテレビを指さして言った。緊急地震速報が流れ、私たちの見ていた番組がまたたく間に切り替わった。
 和気あいあいとしていた雰囲気が消え、「石川県で震度七」の文字を、家族全員で食い入るように見つめた。
「震度七ってやばくない?」
 姉の言葉を皮切りに、家族が次々に不安を口にしはじめた。
「津波が来るって。」
「ここまで来るん?」
「津波注意報が出とるよ。僕たちも逃げないけんと?」
画面に大きく表示された「逃げろ」の文字が、私たちの不安をさらにかきたてた。家に飼い猫がいる私は、特にそのことが心配だった。私たちはそのまま家に帰ることになった。
 時間が経つと、被災地の様子が徐々に明らかになった。壊れた建物や迫りくる津波の映像は、震度七と聞いて覚悟はしていたけれどやはり衝撃的だった。今は壊れてしまった家で、新年をお祝いしていた家族がいたのかもしれない。私は倒壊した祖父の家を想像した。
 私は家族全員が偶然同じ家にいたが、被災地では家族と離ればなれになり、連絡も取れない人が多いそうだ。
「学校におるときに地震があったら、無理に家に帰ろうとせんで、お母さんの迎えを待ちなさい。家族がばらばらになるのが一番怖いよ。」
 母が繰り返し言っていた言葉を思い出した。家族で決めていたルールの重要性が、今になって分かった。そして、今のルールでは不十分だったのだということにも気付いた。津波が来たらどうするか、ペットも同伴で入れる避難所はあるか、誰が何を持って逃げるかなどのことを、改めて家族と話し合った。
 しかし、この地震について、驚くべき記事を見つけた。震災を悪用した窃盗や詐欺が、被災地で確認されているというものだった。住民が避難した家を狙って金品を盗んだり、義援金の募集を装ってお金をだましとったりしようとする人々が多くいるそうだ。調べてみると、二〇一一年の東日本大震災、二〇一六年の熊本地震などでも同様の事件があったという。特に熊本地震の際に拡散された、ライオンが逃げたというデマ情報の話は、私もニュースで見たことがある。一つの誤った情報が、何万人もの人々に伝えられたのだ。
 SNSを悪用した事件は、日頃の新聞やニュースを見ていてもよく取り上げられている。しかし、震災が起きて、人々が団結しなければならない状況の中でこのような事件が発生しているというのは、とても衝撃的だった。それについて私自身もほとんど知らなかったことが、加えて衝撃的だった。
 震災が起こると、死傷者・行方不明者の数が報道される。そこに犯罪の被害者の数が加わったらどうなるか、考えたこともなかった。
 被災しなかった人々は、寄付やボランティアを通じて被災者を支援することができる。しかし、同時に、被害を拡大させる犯罪者にもなり得るということだ。悪意はなかったとしても、誤った情報を信じて発信してしまうかもしれない。そういった情報を簡単に信用し、拡散してしまうかもしれない。 SNSが発達した今だからこそ、求められるのは情報を選り分けて活用する力、情報リテラシーなのだと思った。
 私たちはSNSを通じて、常に隣り合っている。一人の言動がさざ波のように広がって、正しい情報も誤っている情報も短時間で手に入る。しかし、情報はどこかで誇張されたり、ねじ曲げられたりしていって、やがて発信源すら分からなくなる。そんなときに必要なのが、「それって本当に正しいと?」と声を上げられる人の存在だ。私はそうありたいし、一人一人がそうあるべきだと思う。
 SNSだけの話に限らず、災害時に起きた窃盗や詐欺のように、助け合うべきときに人々が傷付けあうという事例は多い。物事の表面だけを見て、これは正しい情報だ、あの人は悪い人だ、と決めつけて被害が拡大していく。災害や悪意ある犯罪はなくせないのかもしれない。でも、私たちの意識次第で、その被害を最小に抑えることはできる。
 たくさんの情報から正しいものがどれかをしっかりと考え、自分の意見をもつことが私の第一歩だ。受け身の姿勢でいるのではなく、自信を持って意見を言えるような人間に、私はなりたい。

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